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ラストメモリー

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 私だって母親だから、息子の幸せを願っているし、そろそろ孫を抱きたい。だから見目麗しいヴァンパイアのお嬢さんを、何人もクリスチャンのもとに送りこんだのに、誰にも心惹かれなかったようだ。
 気がつくとクリスチャンの部屋の前だった。
 アダムはあの女を気に入っているが、数々の花嫁候補になくてあの女にあるものなんて思いつかない。
 いいわ。もう一度だけこの目で確かめたら、アダムに『やっぱり納得がいかない』といおう。
 ドアの隙間から中を覗きこんだ。
 角度が悪くて顔は見えないが、最後に会ったときより痩せたようだ。
 得心して笑顔を浮かべた。
 クリスチャンの心はすでに離れているのね。ただ彼は紳士だから、あと少し世話をしなければと責任を感じているのだ。
 結果に満足してドアを閉めようとしたとき、女がこちらを向いた。
 だが覗かれていることには気づかなかった。
 女はベッドに伏した男の頭をゆっくりと撫で始めた。起こさないようにという気遣いからというよりは、体を動かすのに大変なエネルギーがいるためのようだ。
 イヴは唇をかんだ。
 病んでいても女は美しかった。肉体的な衰えを、穏やかで超然とした表情が凌駕していた。
 もしも、もしもクリスチャンが、あの女を本当に大切に思っているのなら、どうして変化させないのだろう。
 イヴは顔をしかめつつ、ふざけた考えを振り払うようにドアを閉ざした。
 人間は『親の心、子知らず』なんて言うけれど、親だって子どもの気持ちがわからないわ。
 イヴは足早にアダムの元へ向かったが、少なくとも早計な発言は控えるつもりだった。
 

 昨日は丸一日、ベッドに釘付けにされていたのだから、今朝は開口一番に出かけると騒ぎ出すだろうとクリスチャンは踏んでいた。
 だが予想に反して、永遠は「今日は冷え込みそうね」といったきり、ヘッドボードにもたれてぼんやりし始めた。
 クリスチャンはその横顔から、なくなることのない痛みを読み取った。
 口では「だいじょうぶ、私は元気よ」といっていても、着実に異常な細胞が勢力を増している。今しも永遠の体はその猛威に屈しようとしているのだ。
 「散歩に行くか?」
 内心は恐慌を起こしているのに、驚くほど自然な声が出た。
 永遠はまた予想を裏切る行動をとった。首を横に振ったのだ。
 「やめとく。鼻が真っ赤になっちゃいそうだから」
 「そうか…では、本でも持ってこようか?」
 また首を振りそうに見えたが、思い直したように頷いた。
 「そうね。ありがとう」
 どんな種類が好みか尋ねようとしたが、すでに永遠は空想の世界に戻っていた。
 部屋を出際、ふと思いついて図書室から行き先を変更した。
 もしかしたら痛みを忘れさせてやれるかもしれない。


 ノックに応えて永遠が顔を上げた。
 友人の訪問に思わず永遠の顔が輝いた。
 「キティー、私ね、戻ってきたの」
 「知ってたらもっと早く伺ったのですが。誰も教えてくれなかったんです」
 「また会えて嬉しい」
 「私も嬉しいです」
 ブリスが永遠のベッドわきに陣取っているのを見て、キティーは人前用の自称を用いた。おどおどした様子もブリスがいるせいだろう。
 「それは?」
 ブリスがキティーの持つトレーに顎をしゃくった。
 「お茶です。お嬢様に召し上がっていただきたくて」
 キティーが茶を淹れる様子を、ブリスはじっと観察していた。
 受け取ったカップの中身は、以前よりも濃い色味のパープルだった。
 湯気と共に立ち上る香りにブリスがきれいな眉をひそめた。
 「おい、このにおいって…」
 飛び上がったキティーが驚くほどの積極性を発揮して、ブリスを部屋の外へ引っ張っていった。
 いぶかしく思ったものの、キティーの魔法のような茶
の効果は経験済みなのでありがたく飲み干した。
 しばらく待っても二人は戻ってこなかった。
 そのうちカップが上掛けの上に滑り落ち、永遠は急激な眠気の渦の飲みこまれていった。


 ドアの外では、ブリスが息巻いていた。
 「いくらクリスに頼まれたからって、永遠に聞きもしねーで、あんなもん仕込む権利はない」
 虫唾の走る甘ったるいにおいを思い出して、鼻に皺を寄せた。
 「痛みを感じないようにして差し上げるのが、いけないことだとおっしゃるのですか?」
 ブリスは目をすがめて女っぽい顔の男に詰め寄り、のしかかるようにして威圧した。
 小柄な奴なら誰だって脅威に感じるはずだ。
 たしかにキティーは身をすくませたが、数十センチ先の顔は赤く染まった。
 「永遠の望まないことはすんな」
 目覚めたばかりのようにキティーが瞬きを繰り返した。
 「な、なんとおっしゃったのですか?」
 耳が悪いのか?
 ふいに憐れに思い、身を引いてゆっくりと繰り返した。
 するとキティーは寂しそうな表情を見せた。
 こいつはいつもそうだ。
 声をあげて笑っているのなんか見たことない。笑えばそれなりに可愛く見えるかもしれないのに。まつげだってすげー長いし。
 ブリスは男相手に、女を見るように観察していたことに気づき顔をしかめた。
 「お嬢様は、心配をかけまいと気丈に振舞っておられます。お二人はそれに気づいてないふりをしておられる。それなら私がお嬢様の痛みを癒し、この心の中に、全てをしまいこんでおけば済むことでしょう」
 正当な意見にブリスはぐうの音も出なかった。
 それでも永遠に、残りの日々を薬漬けにされて、朦朧としたまま過ごしてほしくなかった。
 母さんはそうやって死んだ。
 やり場のない怒りは目の前にいる不憫な男に向けられた。
 「おまえはなんにも感じねーんだろ。そんな格好させられても平気なんだから。俺なら死んでもごめんだね」
 さっと目を伏せたキティーを見ても、怒りは和らがなかった。
 キティーを非難するのは間違っているとわかっていた。でもそのときはキティーが言い返してくれたら、喧嘩をして怒りを吐き出せると思ったのだ。
 だから取り返しのつかない言葉を投げつけてしまった。
 「死ぬのが永遠じゃなくて、おまえならよかったのに」
 キティーは息をのんだが、言い返しはしなかった。
 あたりを息さえままならない沈黙が制した。
 少し冷静さを取り戻したブリスが、あまりにもひどい言い草を謝ろうと口を開きかけたところ、キティーが先んじた。
 「私も、その方がよかったと思います」


 絶えず痛みにさらされていることを抜きにすれば、日々は穏やかに過ぎていった。クリスチャンの散歩の誘いを断ってからは、誰もベッドから追い立てようとはしなくなった。
 けれど、永遠はそのことを残念には感じていなかった。ひとつには子守が必要だとでもいうように、いつも誰かしらそばにいることもあるが、一番の理由は、また気を失ってベッドに運ばれることはないと言い切る自信がなかったからだ。二人を無駄に慌てふためかせるよりは、キティーの茶を飲んで、吸い込まれるようにやわらかなベッドの抱擁に身を任せている方が、心安らかでいられる。その代償として、自然を胸いっぱいに取り込むのを諦めるのは悪くない取引に思えた。
 「目が覚めたか?」
 クリスチャンが近づいてくる気配を感じた。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia