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ラストメモリー

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 ブリスが祈りを捧げ終わるまで、二人とも同じ姿勢で待っていた。ささやきが途切れると、ブリスは元気よくさっと立ち上がった。
 「帰ろう」
 永遠も立ち上がったが、急に目の前が真っ暗になってブリスの腕に倒れこんだ。
 「永遠! しっかりしろ、永遠」
 すぐに意識を取り戻した。
 「だいじょうぶ。立ちくらみがしただけ」
 心配に翳った金色の瞳に見つめられた。
 「顔が真っ青だぞ。長旅が体にこたえたのかもしれない」
 クリスチャンに抱き上げられた状態でありながら、あの一瞬のような飛行を何ヶ月もかかったように言うのがおかしくて頬が緩んだ。
 その表情を見て、二人は永遠の気がふれたとでも言いたげに顔をしかめた。
 「もう降ろしてくれてもいいんだけど」
 安心させようとしたのに、二人は聞いていなかった。
 「とにかく寝かせたほうがいい。せめて顔色が戻るまで」
 「わたしも賛成だ。ここからなら両親の屋敷のほうが近い」
 「もしもーし、私のことを忘れないで。まだ生きてるんですけど」
 「忘れるもんか。俺は―」
 ブリスはクリスチャンに目を向けていい直した。
 「俺らは永遠に元気でいてほしいんだ」
 むきになったブリスに永遠は負けを悟った。
 「わかった。どこへなりと連れて行って」


 ベッドにおろしても永遠は目を開けなかった。眠っているのか、もしかするとまた気を失ってしまったのかもしれない。
 頬紅の下の肌が青ざめている。化粧なんてしなくても十分な美しさを兼ね備えているのに、少しでも顔色を良く見せようとしたのだろう。
 痛々しい努力に胸をつかれ、顔を背けた。
 「ブリス、永遠についていてくれ。わたしは父に話をしておかなくては」
 ブリスは永遠から目を離さずに大して興味のなさそうな声で尋ねた。
 「なにを?」
 さっと永遠に目をむけ、変化がないことを確認した。
 「わたしたちはもう、永遠の家には戻れない。最期のときをここで過ごすと、知らせておかなくてはならない」
 ブリスが体を強張らせた。
 どちらにとっても、ウサギを埋葬したことで永遠との別れが現実味を帯びてきた。
 「まだ、二週間以上残ってる。まだ時間はあんだろ? なあ、そうだろ?」
 ブリスは握っていた永遠の手に額を当て、小さな声で呟いた。
 「そうじゃなきゃ困る」
 ブリスはもうクリスチャンを非難するのはやめていた。それとともに永遠の命に希望を持つのもやめてしまったようだ。
 そのほうがいい。できもしないことで非難されるのはうんざりだ。
 クリスチャンはドアノブを握った。
 だがブリスが諦めたら、誰がわたしを説得するのだ。ブリスがもっと頻繁に…。いや、考えてはだめだ。
 振り返っても二人はそのままの姿勢でいた。まるでそこだけ時間が止まったかのように。


 「父上」
 アダムの隣に目を留めた。
 幸運の星の下には生まれついていないようだ。むろん、そんなことは生れ落ちた瞬間からわかっていたことだが。
 クリスチャンはぴったりと身を寄せ合った両親の前に進み出た。イヴに小さく頷きかけ退室を促したが、彼女は首をかしげてその場を動く気はなさそうだった。
 「どうした?」
 しかたなくクリスチャンは口を開いた。
 「永遠のことで話があります」
 アダムは相槌を打ってつづきを促した。
 「わけあって戻ってきたのですが、彼女の具合が思わしくなく、二階の部屋に休ませました。彼女の体はもう移動に耐えられません。このままここに居させていただきたいのです」
 イヴが金切り声を上げた。
 「死に場所を提供しろというの?」
 「イヴ」
 冷静なアダムがいさめた。
 「だってそんなことしたら、もう二度とあの部屋に入ることなんてできないわ。お客様だって泊められない」
 「部屋ならいくらでもあるじゃないか」
 「足りなくなったら? あの人間に情けをかけてやらなかったら、もっとたくさんお友達を招待できたのにって、私が後悔することになっても、あなたはかまわないというの?」
 クリスチャンは顎が砕けそうなほど奥歯を噛みしめた。永遠は静かに死ぬことも許されないのか。
 「イヴ」
 アダムは声を張り上げたわけでもないのに、イヴはびくりとした。
 クリスチャンも怒りを忘れてアダムを凝視した。こんな表情は初めてみた。妻の尻にしかれた夫だと思っていたのに。
 「君はそのうち息子を失って後悔することになる。頭を冷やしてきなさい。友人面した軽薄な連中と、たった一人の息子、どちらが大切なんだ?」
 最後通牒を突きつけられても、イヴはなお食い下がった。
 「私はあの人間が、クリスチャンにふさわしいと思えないだけ」
 アダムはかぶりを振った。
 「出て行きなさい。正しい答えが出たら戻っておいで」
 イヴはいかにも大儀そうに立ち上がると、アダムの言葉に従った。
 「座ったらどうだ」
 クリスチャンは勧められたとおり、一番近くにあったイスに腰掛けた。
 「なぜあのような女性と一緒にいられるのですか」
 『わたしなら世界に一人きりでいる方を選ぶ』と、付け加えたいのをこらえた。
 アダムは肩をすくめた。
 「おまえには、相手が見せようと思ったものしか見えていない」
 「父上はいつも曖昧な言い方しかなさらない」
 つっけんどんな物言いを返した。
 「わかりにくいからこそ、面白みがあるというものだ。簡単に得たものは大切にしようとしないだろう」
 「力を使えば相手の心のうちも見えるから、そうおっしゃられるのでしょう」
 「たしかにそうかもしれない。だがあのときを除けば、かれこれ何十年もつかっていない」
 クリスチャンは眉間に皺を寄せた。
 アダムの言葉を疑ったわけではなく、永遠の心を勝手に覗かれたことを思い出したからだ。
 なぜ気づかなかったのだろう。これで確証が得られる。
 「わたしにも永遠の心を見せてください。そうすれば正しいことができる」
 クリスチャンの関心がほかに移ったことを知って、アダムは面白そうに目を伏せた。
 「それはできない。答えは自分の手で見つけるものだ」
 「それが間違った答えだったらどうするのですか」
 「彼女を信頼していれば間違ったりしないさ」
 それができないから頼んでいるのに。
 「文字通り力を貸す気がないのなら、ここにいても仕方がない。永遠のもとにもどります」


 いったいクリスチャンは、あんな女のどこがいいというのだろう。人間であることを除けば、魅力なんて皆無なのに。
 もちろん人間の儚さや脆さにヴァンパイアが惹かれることは経験から知っていた。初めはアダムもそうだった。
 イヴはのろのろと階段を上った。ヴァンパイアに生まれ変わってからというもの、時間はあるようでないものになり、ゆっくり動くのが習慣になった。
 ときどき人間だった頃を懐かしく思って、てきぱきと動いてみたりするが、人間とはかけ離れていると自分でもわかっていた。
 それでもアダムは変わりなく愛してくれているが、あの女ではそうはいかないだろう。
 その証拠にクリスチャンはあの女が蝕まれるままに、人間のままでいさせているじゃない。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia