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ラストメモリー

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 「本当に? そんなストーカーまがいのことしてたなんて知らなかった」
 クリスチャンは気分を害した風もなくおかしそうに笑った。
 「君の答えは的を得ていたよ。脅威はわたし以外の何者でもなかった。君に危害を加えようなんて考える輩は、まずわたしを相手にしなければならなかったからな」
 驚きのあまり足が止まった。
 知り合う前から、彼は守ってくれていた。
 どうして言葉一つでこんなにもあたたかな気持ちになるのだろう。
 クリスチャンは永遠がついてこないことに気づいて振り返った。
 「どうした?」
 ブリスはその聴覚を持ってすれば全て筒抜けだろうに、丸い月を見上げ、離れて歩いていた。
 永遠は駆け足でクリスチャンとの差を埋め、大きな手に自分の手を滑り込ませた。
 彼は繋がれた手に視線を落とし、問いかけるように片方の眉を上げた。
 「こうするのが好きなの。あなたの手、あたたかいから」
 彼は二人の手をそのままコートのポケットに入れた。
 「この方がもっとあたたかい」
 少しの間、心地よい沈黙に身を任せたあと、クリスチャンが口を開いた。
 「これからどうする?」
 永遠は遠くに目をやった。
 残された時間はあと一ヶ月ほどしかない。
 「私、三人でいろんなところへ行きたい。思い出がほしいの」
 クリスチャンはためらいもせず頷いた。
 「なら明日はまず水族館へ行こう。次の日は遊園地、その次は…スケートだ」


 永遠はソファーからふらりと立ち上がった。
 「お手洗い」
 ブリスは居間を出て行く後ろ姿が見えなくなってから、キッチンテーブルで作業中のクリスチャンにつめ寄った。
 「なあ、これじゃ体がもたねぇよ。もう二週間近く出かけっぱなしだぜ」
 テーブルに散らばった写真を見ながら早口に告げた。
 写真の永遠はどれも笑みを浮かべているが、日が経つにつれ目の下の痛々しい隈が濃くなっている。
 「どっちがいいと思う?」
 クリスチャンは、水槽の前で夢見るような表情の永遠と、氷の上に尻もちをついて恥ずかしそうな永遠を掲げてみせた。
 「そんなこと言ってる場合かよ! もう限界だ。今、永遠に必要なのはゆっくり体を休ませることだ」
 クリスチャンは写真を置いた。
 「わたしが気づいてないと思うのか。思い通りになるなら、とっくの昔にベットに寝かしつけて、指一本動かすことすら許さなかったさ。だが永遠は気力だけで動いている。目的を失ったら、二度と起き上がれなくなってしまうかもしれない」
 ブリスはさまざまな場所でカメラに笑みを向けている永遠を見つめた。
 「あんたにできねーなら、俺がなんとかする」
 どうしようもなく声が震えた。
  

 痛い。
 ここ数日痛みが強くて、夜もろくに眠れなかった。そのつけが姿に表れている。
 クリスマスまで十六日。
 期限が刻々と迫っている。
 もはや二人に不調を隠しおおせるのも限界だ。
 それでも意志の力で病の進行を押しとどめようと、鏡の中の自分をにらみつけた。
 「永遠?」
 はっとして表情を取り繕った。見られてしまっただろうか。
 「どうしたの?」
 ブリスは髪に手を突っ込んで、心ここにあらずという風情だ。
 「いや、あー、今日は何する気なのかと思って」
 「まだ決めてないけど。たいていのことはしちゃったし。海でも行く?」
 「えっ、海? 水着の永遠と…。いや、だめだろ。けど、不意にってこともあるよな」
 心の声が漏れているブリスを見ながら、あとどれくらい思い出を作ることができるかと考えていた。
 彼らのことを考えるなら、本当は親しくなっちゃいけないと頭ではわかっていても、このことに関して永遠はとことん意志が弱かった。
 もう少しだけ。あと少しだけ二人のそばにいたい。そうしたらちゃんとすべきことをするから。
 ブリスが身を乗り出した。
 「やっぱだめだ。この前さ、永遠、俺にどうしたいか聞いてくれただろ」
 なぜブリスがそわそわしてるのかに思い至って、永遠は笑みを浮かべた。
 「わかった。何か案があるんでしょう」
 「俺、今日は家でゆっくり話でもしたいなって思って」
 永遠の表情を見たブリスが不安げに付け足した。
 「嫌じゃなかったら」
 嫌なわけない。ただブリスがインドア派には見えなかっただけだ。
 「もちろんかまわないわよ。お菓子があるならね」
 リビングに戻ろうとしたとき、ブリスがほっとしたように息を吐き出すのを、視界の隅にとらえた。
 思惑を持っているのは自分だけではなさそうだと感じた。


 最近、鏡を見るのが憂鬱だったが、昨日の休息が体に目に見えていい影響を与えていた。隈は薄くなり、なんとなく血色もいい気がする。それでも永遠はピンク色のチークを少しだけのせた。
 指で口角を上げ、にっこりしたままリビングに向かった。
 「おはよう!」
 声をかけると二人ともビクリとして振り返った。
 「おはよう。良く眠れたようだな」
 クリスチャンの態度はいつもと変わらないが、ブリスの様子はどこかおかしい。
 「どうかしたの?」
 二人の体で遮られた先を見ようと歩みを進めた。
 「言いにくいが…」
 要領を得ないクリスチャンからブリスに視線を動かした。
 二人が隠しているものを見る前に、ブリスの潤んだ目を見て全てを悟った。
 「ああ、そんな…」
 クリスチャンが脇にどくと、棚の横に作られた寝床で丸くなっているウサギが見えた。
 いくら眠っているように見えても、息をしていないのはわかった。
 「永遠ごめん。俺がペットにさせなかったら、こんな気持ちにならずにすんだのに」
 ウサギが死んでしまったことは悲しいが、彼のことを一番可愛がっていたのはブリスだった。
 永遠以上にブリスの悲しみは大きいはずだ。それなのに罪悪感まで背負ってほしくない。
 ブリスに近づき、そっと背中をさすった。
 「ブリス…きっと寿命だったのよ。彼はあなたに可愛がられて幸せだったと思う。一緒にお墓を作ってあげましょう」
 「けど…」
 「だいじょうぶ。今はつらくても、そのうち耐えられるようになるから」
 私のときもきっと耐えられるはずだ。
 「クリスチャン、この子を故郷に帰してあげたいの」
 クリスチャンは永遠の全身にさっと視線を走らせた。
 私の体調を気遣ってくれているのだろう。
 彼が頷いたことで検査にパスしたことがわかった。
 「準備をしておいで」


 この森に入ったら、クリスチャンとの関係が一変したあの時の悲しみが蘇ると思った。だがそんなことはなかった。それがいいことなのか、悪いことなのかはわからなかったが、穴を掘っているブリスが落ち着いた様子であることに安心した。
 穴がちょうどいい深さになるまで見守るクリスチャンのそばで、永遠はタオルに包まれたウサギを抱いていた。
 「それくらいでいいだろう」
 永遠は前に進み出て、額に浮かんだ汗を拭うブリスにウサギを差し出した。
 「あなたが眠らせてあげて」
 ブリスはなにも言わずにタオルに守られたウサギをそっと土の上に寝かせた。
 土をならし、上に石を置いたあと、しゃがみこんだ三人は両手を組み合わせて目を閉じた。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia