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ラストメモリー

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 キティーがこちらを振り返った。その顔に浮かんでいるのは罪の許しを請うものだった。
 「さっきお嬢様が眠っておられる間に、ブリス様がおみえになりました」
 永遠は体をこわばらせた。
 仕方がない。いつまでも隠し通せるものではなかったのだ。
 「それでブリスは?」
 キティーはベッドに腰掛けて下を向いた。
 「僕、お嬢様と新しい服のために採寸していると言って、ブリス様を部屋におあげしなかったんです」
 それでキティーは心を痛めているのね。
「ごめんなさいね。ブリスに嘘をついてしまったことを、悔やんでいるんでしょう」
 キティーは服の皺を伸ばした。
 「悔やんではいません。すべきことだったのですから。ただ、ブリス様は本当にお嬢様のことを…好いておられるのだなと」
 キティーは悲しそうな笑みを浮かべた。
 「決して手に入れられないものを望むのは、苦しいものですね」


 翌日、永遠は昼になってもベッドで丸くなっていた。
 「永遠ー、具合が悪いのか?」
 ウサギを抱いたブリスが、キルトに包まった永遠の顔を覗き込んだ。
 「そんなことないわ」
 ブリスがベッドに腰掛けると、丸くなった永遠はそちらに転がった。
 「散歩、行かねえの?」
 「外は寒いわよ」
 ブリスは窓の外を見た。空は青く、高く、澄み渡っている。
 「すげー天気いいぜ。上着着りゃあ寒くねえよ。それか俺が腕に抱いていってやろうか」
 それでも永遠は丸まったまま動こうとしない。
 今まで欠かさず散歩してたのに、寒いなんて下手な言い訳だ。
 永遠は何だか様子がおかしかった。
 本当は病気のせいで体がつらいのだろうか? だが弱気な永遠なんて見たことない。いつもは自分の痛みを人に見せないし、心配をかけまいと気丈に振舞ってるのにどうしたんだよ。
 ブリスにはわからなかった。それがもどかしくてならない。
 手を伸ばし、丸くなったキルトに置いた。
 「本当に具合は悪くないんだな?」
 「ええ」
 たった一言、だがその一言は雄弁に永遠の気持ちを物語っていた。
 ブリスは永遠に触れていた手を、力なく膝に落とした。
 こんな永遠を見たのは初めてだ。いつも思いやり深くて、自分を犠牲にしてでも相手を幸せにしようとする人なのに。
 ブリスは困りきってクリスチャンを振り返った。


 クリスチャンは脚を組んで椅子にゆったりと腰掛けていた。
 こんな永遠を見るのは久しぶりだ。月夜の晩にただ一人、物思いに耽っていた女が舞い戻ってきたかのようだ。
 またスタートラインに逆戻りか…。
 クリスチャンは組んでいた脚を解くと優雅に立ち上がり、永遠の被っているキルトを剥がした。
 「おいクリス、乱暴なことすんなよ」
 クリスチャンはブリスの言葉を無視した。
 「また生きることも死ぬことも、どうでもよくなったのか?」
 キルトを剥がれた永遠は自分を抱きしめて丸くなった。
 「ほっといて」
 クリスチャンは腕を組み、永遠を見下ろした。
 「君は勝手な人間だな。生きたいと思ったり死にたいと思ったり、君の気分ひとつに振り回されて我々は迷惑だ」
 ブリスは口をあんぐりとあけてクリスチャンを見ていたが、我に返ると慌てて訂正した。
 「俺はそんなこと思ってない!」
 クリスチャンは黙っていろというようにブリスを睨みつけた。
 「ごめんなさい。もう迷惑はかけないから私にかまわないで」
 隠れ蓑を失った永遠は髪に顔を隠し、自分自身も見えないくらい小さくなれればいいのにと、さらに強く体を腕で抱え込んだ。
 「本当にいいのか? 本当にもうしたいことはないのか?」
 クリスチャンは踵に尻を乗せてしゃがみ、永遠の顔の位置まで目線を下げた。そして優しい口調でもう一度尋ねた。
 「本当に?」
 その口調につられて永遠は重い口を開いた。
 「私…」
 続かない言葉の先を促すように、クリスチャンは顔を覆う永遠の髪をそっとかきあげた。
 「何でも言ってごらん。わたしが君の願いを叶えてやると、約束しただろう?」
 永遠はしばらくクリスチャンの顔を眺めていたが、やがて唇の端がゆっくりと上がり、笑みを形作った。
 「だめ」
 クリスチャンは眉をひそめて永遠の言葉を繰り返した。
 「だめ?」
 永遠は頷いた。
 「お願いは三つだけなのよ。何でもなんて、だめ」
 クリスチャンの眉間の皺がさらに深まった。
 「なぜだ。わたしはそんなに懐が小さく見えるか? 好きなだけ願えばいい」
 それでも永遠は首を振った。
 「決まってるのよ。ランプの精だって三つしか叶えてくれないし、どんなお話でもたいていは三つなの」
 「…人間の考えることはわからない」
 永遠はクリスチャンの頬に手を添えた。
 「人間は勝手だから。何でも、いくつでもいいよって言われたら、きっと願いを叶える方はてんてこ舞いになっちゃうからよ」
 クリスチャンはヴァンパイアの笑みを浮かべた。
 「さっきあんなことを言ったからあてこすっているな。君は勝手な人ではないよ。あれは気を引くために言っただけだ―効果はあったようだな」
 永遠が手を引こうとしたところをクリスチャンは掴んで指先にキスし、引っぱたかれる前にさっと身を起こした。
 「さて、では一つ目の願いをどうぞ」


 「これが永遠ん家かー。何かいいな、落ち着く」
 ブリスは永遠の家のソファーでくつろいでいた。足元にウサギをはべらせ、腕には叔母さん手作りのけばけばしいクッションを抱いている。永遠は忍び笑いをしながら言った。
 「そう? ゆっくりしてて。お茶でも淹れるから」
 永遠は慣れ親しんだキッチンに立ち、水道の蛇口を開けた。
 「これ誰?」
 振り返るとブリスは棚に飾られた、写真たてを覗き込んでいた。
 「おい、人のものを勝手に見るのではない」
 クリスチャンはそう言いながらも、自分も写真を覗きこんだ。
 近くに行って確かめる必要もない。その写真は目を閉じれば、細部まではっきりと思い浮かべられる。
 やかんを火にかけながら、永遠は答えた。
 「私の両親よ」
 「じゃあこのちっちゃい女の子は永遠?」
 「ええ、そう」
 二人がその写真について、正確には小さい永遠について議論を戦わせるのを、永遠は聞くともなしに聞いていた。
 あの写真は、永遠の六歳の誕生日に家の前で撮ったもので、家族が揃っている最後の写真だった。その後、父が死に、母が死んだ。そして私も―。
 ブリスが手にした写真たての隣は母と私だけ。その隣は私ひとりで写っている。父が消え、母が消えるごとに私の中のなにかも消えた。私も死んだら家だけの写真が飾られるのかしら。
 いや、そうすればもう写真を飾る人はいなくなる。
 「…ゎ。とわ。永遠!」
 瞬きを繰り返すと二人が隣に来ていた。
 「どうしたの?」
 ブリスとクリスチャンは眉をひそめて顔を見合わせた。
 「具合が悪いのか?」
 クリスチャンが額に手を当てて熱を確かめた。
 頭を振って彼の手をどけた。
 「俺たちずっと呼んでたけど、永遠、ボーっとしてて―」
 ブリスはそれ以上口にすまいと決めたように口元を引き締めた。
 「何でもないわ。ただ考え事をしてただけ」
 永遠はポットに茶葉をいれてやかんの湯を注いだ。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia