小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ラストメモリー

INDEX|30ページ/41ページ|

次のページ前のページ
 

 部屋に入ったときブリスは血のにおいを嗅いだ。チョコのにおいが強烈で、ほとんど感じられないほどではあったが、それは確かに永遠の血だった。
 青い顔をして心配をかけまいとしている永遠の努力を、無駄にするわけにはいかないとブリスは調子を合わせたのだった。
 すげー具合悪そうだったな…。
 出血するほどだ。よほど調子が悪いに違いない。
 ブリスは一口かじったクッキーを皿に戻した。
 そっと見守ってやればいい。何かあったときには手を貸せるし、何もなければ永遠は俺に気付かれていないと思っていられる。
 ベッドを立ったときドアが開かれた。


 「何だ、あんたか」
 「何だとは何なのだ。永遠は―」
 息を吸い込んだクリスチャンの眉間に皺がよった。
 この匂い…。
 「永遠の血だ。何があった?」
 「俺にはわかんねーけど、たぶん病気のせいだと思う」
 クリスチャンは遠くを見つめた。
 「血を吐いたのか…」
 癌に侵された者の最期は惨い。奴は生物の生物たる要素のすべてを奪いつくしてしまう。
 「それで永遠は大丈夫なのか? 医者は要らないのか? どこにいる?」
 「おいおい、一気にまくし立てんのは止めろ。えーと何だ? 大丈夫かって? 俺にわかるかよ、けど良さそうには見えなかったな。それと医者か? 呼んだって永遠は喜ばねーと思うぜ。必死に具合が悪いことを隠そうとしてたんだからな…えと、あと何だ?」
 クリスチャンは右足から左足に体重をのせ変えた。
 「どこにいる?」
 「トイレだ…と俺は思う」
 「思う?」
 「永遠が濁したから、恥ずかしいんだろうと思って聞かなかった」
 「何故ついて行かなかったのだ」
 クリスチャンは苛立たしげに腕を組んだ。
 「行こうとしたさ。あんたとこうやってダラダラ話してなかったら、とっくに永遠を見守ってやれてたんだ」
 舌打ちをしてクリスチャンは部屋を出て行こうとした。
 「体の具合だの、医者だのの話はするなよ」
 「お前は彼女の身体よりも気持ちを優先すると言うのか?」
 クリスチャンは振り返った。
 「俺には永遠の身体を癒やしてやることは出来ねぇ。ならせめて、永遠の意思は尊重してやりたい」
 クリスチャンは『俺には』と強調された言葉に目を細めた。
 「駄目だ。わたしは彼女を変化させる気はない」
 「何でだよ?」
 「言っただろう。彼女はわたしを…」
 「利用する気だって言うんだろ?」
 ブリスは嘲りの口調で言った。
 「結局あんたは自分がかわいいだけなんだ。永遠に命を与えたあと、自分のそばにいさせる自信がないんだろ? 自分が捨てられんじゃないかって怖いんだろ? だからそうやって全部永遠のせいにして救おうとしないんだ。あんたなら永遠の痛みを癒やしてやれるし、永遠の気持ちも受け止めてやれんのに。俺にその力がありさえすれば…」
 ブリスは赤くなった目でキッとクリスチャンを睨みつけた。
 「永遠が死んだ後、何百年でも何千年でも好きなだけグダグダ言い訳してりゃーいいさ」
 ブリスはクリスチャンを押しのけ部屋を去っていった。
 ヴァンパイアなのだから微動だにしなくても当然だったのに、ブリスに押されてクリスチャンは尻餅をついた。
 ―永遠が死んだ後、何百年でも何千年でも好きなだけグダグダ言い訳してりゃーいいさ
 ブリスの捨て台詞が胸に突き刺さった。
 そう、彼女は死ぬ。自分には何百年も何千年も無駄に過ごすときがあるのに、彼女に残された時間は二ヶ月をきっている。
 ああ、彼女の言葉を信じられたらどんなにいいか。彼女が、わたしの運命に現れたたった一人の奇跡であるなら、もう二度と孤独に苦しまずにすむ。
 クリスチャンは一瞬、決心が揺らいだことに気づいて顔をしかめた。
 血をすすることで生きながらえる怪物を愛するなどありえない。・・・そうだろう?
 だがわたしは無駄に彼女を苦しませている。ブリスの言うように、この力を使えば何もかも癒やしてやれるというのに。
 クリスチャンは浮ついた考えを振り払うように立ち上がった。
 二ヶ月以内にその力を使うことはない。そして永久に使うつもりもない。
 わたしがしてやれるのは優しくすることくらいだ。残り二ヶ月、思う存分甘やかしてやろう。


 永遠は数部屋を通り過ぎてから、あまりの不快さに自分を甘やかした。壁にもたれて目を閉じると、喘ぎ混じりの呼吸を繰り返した。
 今、行動しなければ動けなくなってしまう。自分を叱咤するとすり足で壁をつたいキッチンを目指した。
 前のようにコックやメイドを驚かせないようにそっと中を覗きこんだ。
 キティーはいるだろうか? 彼なら助けてくれる。
 「お嬢様?」
 安堵感に涙が出そうになった。痛みに耐え、ゆっくりと振り返ると怪訝な表情を浮かべたキティーが立っていた。 「キティー…お願いがあるの」
 「はい。僕に出来ることであればなんなりと」
 キティーは辺りを見回して誰も聞いていないことを確認してから『僕』と言った。
 キティーの信頼に喜ぶ余裕もなかった。
 永遠はぎこちない動きでポケットに潜ませていた袋を取り出した。
 「お嬢様っ! これは―」
 「何も言わないで。これを燃やして欲しいの」
 血染めのハンカチが入った袋を渡そうとした永遠の膝がついに折れた。
 キティーはすかさず永遠を抱きとめ、小柄な体のわりに軽々と腕に抱えあげた。
 「お嬢様、お体の具合が悪いのでしょう? 無理をなさってはいけません。クリスチャン様をお呼びして―」
 永遠はキティーの服を掴んで首を振った。
 「だめ。二人には言わないで、大丈夫だから」
 「ではせめて僕の部屋で、体をお休めになってください」


 キティーの部屋は永遠たちの部屋と違って、狭く殺風景だった。ベッドにそっと下ろされて永遠は吐息をもらした。
 「申し訳ありません。むさ苦しいところで」
 「いいえ。こちらこそ迷惑をかけてしまって…すぐ部屋に戻るから」
 キティーはなにやら棚に並べられた小瓶をあさっている。
 「そんなご様子じゃ、すぐお二人に気づかれてしまいますよ。確かここに…あった」
 永遠は目を閉じ、コツンと瓶がぶつかったり、トクトクと水が注がれる音を聞いていた。
 いい香り…。
 「お嬢様?」
 目を開けるとキティーが顔を覗き込んでいた。キティーの手を借りて身を起こすと、目の前に湯気を上げるカップを差し出された。
 「ハーブティーです」
 カップの液体は淡いパープルで、立ち上る湯気はツンとするハーブ特有のものと甘いバニラが混じったような、なんともいえない香りを永遠に運んだ。キティーは手を後ろで組んで永遠が口をつけるのを見守っていた。
 「おいしい。だけど不思議な味」
 キティーは笑顔を浮かべて、棚の小瓶を永遠にはわからない決まりで並べ替えた。
 「祖母の秘伝のレシピなんです。僕の祖母は村では魔女と噂される人でした。もちろん本当は人より薬草や医療に詳しいだけだったのですけど。僕は祖母のお気に入りだったので、時々薬草の調合を教わってたんです」
 顔は見えずともその声には誇りと思慕が入り混じっていた。
 「何だか気分がよくなったわ。ありがとう」
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia