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ラストメモリー

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 「これを身に着けて欲しい。わたしが選んだものだから君が気に入るかはわからないが」
 永遠はピンクのリボンがかかった白い箱を受け取り、鏡台に載せた。
 リボンを解くと、中には袖の無いシャンパンゴールドのドレスと揃いの手袋、パールの装飾品一式が入っていた。
 「クリスチャン…嬉しいわ。だけどこんな高価なもの受け取れない」
 「そんなことを言わないで。着飾った君が見たいのだ。わたしの為に身に着けてくれ。それに後であげたい物がまだあるのだ」
 「…ありがとう、クリスチャン」
 彼の首に腕をまわし引き寄せると、頬に唇を押し当てた。
 クリスチャンは驚いたようだったがその後で優しい笑みを浮かべた。
 「侍女は呼んである。私は下で待っているから」
 クリスチャンと入れ替わりにキティーが入って来た。
 「素敵な婚約者様ですね」
 永遠は笑みを浮かべた。
 「ええ、私にはもったいない人だわ」


 彼女が階段を下りてくるとホールにざわめきが起こった。誰もが永遠に目を向けており、クリスチャンとブリスもその例に漏れなかった。
 ドレスは肌の白さを引き立てつつも健康的に見せ、ぴったりと体のラインにフィットして膝から下に流れる様子は繊細な美しさを演出していた。髪はアップにされ、頬にかかる後れ毛がアンニュイな雰囲気でありながら、パールは温かみを持って各部分に馴染んでいた。
 「すげー…」
 自分自身、粋にタキシードを着こなしているブリスが、言葉を見つけられずに最もストレートに感想を呟くのが聞こえ、招待客の中からも賞賛の声があがるのをクリスチャンの耳が捉えた。
 クリスチャン自身も永遠の姿を視界に収める前から、彼女の存在を感知して階段の踊り場を見上げていた。そして彼女が姿を現してからは目を逸らすことなど不可能だった。
 彼女のためにあつらえさせたドレスも高価な装飾品も、美しくはあれど添え物にすぎない。
 本当に美しいのは永遠だ。今日の彼女は頬に赤みが差し健康そうで、内面から輝きを放っていた。
 …病など忘れたかのように。
 …これからふつうの人間がもつくらいのときは共に過ごせるかのように。
 胸に巣食う苦痛に、実際に痛みを感じたかのようにクリスチャンは胸を押さえ、顔を歪ませた。
 それでも一時たりと永遠から視線を外すことのなかったクリスチャンは、彼女の足取りが乱れたことを頭が理解する前に体が動いていた。


 永遠は階段をゆっくりと下りながら、安心を与えてくれる見知った顔を捜していた。大勢の中でも大切な人は簡単に見つけられた。その横には目も眩むばかりの美しい男がいる。
 ブリスの横に並ぶ女性が気の毒だわ。
 微笑を浮かべ二人を視界に収めながらも、永遠が見つめているのはたった一人の男で、その男も決して永遠から視線を外さなかった。
 熱い視線を絡めたまま、クリスチャンの元へと着実に階段を下りている途中で胸を押さえたクリスチャンの顔が歪んだ。
 ああ、どうしよう。彼が苦しんでいる。
 病気? それとも怪我?
 慌ててクリスチャンに駆け寄ろうとして足がもつれた。
 落ちる…。
 頭のどこかにその言葉が浮かんだ。
 致命傷を負うときや、死ぬときには時の流れがゆっくりに感じられるという。
 永遠はその通りだと思った。
 身体が傾くのを感じながら最後にもう一度クリスチャンを見たいと思って視線を投げたが、彼はそこにいなかった。
 永遠は瞳を閉じ、この世界に別れを告げた。
 だが、着飾った身体が冷たい床に横たわることはなかった。
 身体が傾いではいても倒れこんだそこは暖かく、逞しい腕がしっかりと永遠をその場に繋ぎとめていた。
 クリスチャンがゆっくりと永遠の倒れかかった身体を真っ直ぐに起こさせ、顔を覗き込んできた。
 「大丈夫か?」
 永遠はクリスチャンの頬にそっと手を当てた。
 「永遠?」
 あぁ、この顔が見たかった。もう見られないかと思った。
 彼の困惑した顔を貪るように見つめながら言う。
「あなたと、もう一緒にいられなくなるかと思ったの」
 永遠の目に涙が浮かんだ。
 「ああ、永遠…。わたしが君を守るから」
 クリスチャンは出来もしない約束を口走り、永遠が苦しくないほどに、だがぎゅっと抱きしめた。


 多くの目にこちらの一挙一動を監視されているのはわかっていた。
 だが、それでも構わない。彼女の身体が階段から投げ出された映像が頭に焼きついて、クリスチャンの背筋を凍らせた。
 今は永遠が腕の中に、自分の保護下にあるという事実を噛み締めていたい。そして何よりも彼女に安心を与えてやりたかった。
 しばらくそのままでいてからもう一度尋ねた。
 「もう大丈夫か?」
 永遠は気丈にも微笑を浮かべ頷いた。
 クリスチャンは永遠の手を自分の腕にかけさせると、共に階段を下り始めた。
 階下へ降り立つとアダムとイヴが近づいてきた。近づいたのはアダムで、イヴは手をアダムの腕にかけていたために否応なく付いてきただけだったが。
 「いやー、ハラハラしたよ。永遠さんの身体が宙に浮くのを目にしたときは、心臓が止まるかと思った。老体には刺激が強すぎるよ」
 ハハハと楽しげに笑うその顔は、言葉とは不釣合いに皺もなく若々しい。
 対照的にイヴは眉間に皺を寄せた。
 「私が選んであげたドレスじゃないのね。あなたにはちょっと派手じゃないかしらー?」
 クリスチャンは腕に載せられた永遠の手に手を重ねた。
 「申し訳ありません、母上。わたしが彼女にこれを着るよう言ったのです。こちらの方が彼女には似合うと思ったので」
 クリスチャンはヴァンパイアの笑みを見せた。
 「我々は少し辺りを回ってきます。皆、永遠と知り合いになりたがっているでしょうから」
 「ああ、そうだな。若い者同士楽しみなさい」
 アダムは青春だなぁと言いながら、不服そうなイヴを連れて去っていった。
 二人が離れるのと入れ替わりにブリスが近づいてきた。
 「すげー、綺麗だ」
 心のこもった賞賛に永遠は、はにかみの表情を浮かべつつも小さな笑い声を漏らした。
 「ありがとう。クリスチャンのおかげよ」
 ブリスは強張った笑みを作り、無言で頷いた。
 クリスチャンは永遠の言葉に誇らしそうな笑みを浮かべてはいても、ブリスのように手放しで褒めてはくれない。
 永遠の笑みが小さくなった。
 「綺麗なのはあなたの方よ。女性たちはみんな、あなたのことを見ているわ」
 ブリスは辺りを見回し、眉を上げた。
 「男も見てっけど」
 「永遠の事を見ているのだ」
 クリスチャンは口元を引き締めた。
 永遠の腰に腕をまわし、男ならではの方法で崇拝者たちに自分のものだと見せつけた。
 「ではホールを回るとしよう。このままでは向こうから押しかけてきそうだからな」
 背の高い壮麗な二人の男に挟まれ、次から次へと相手に会う度に永遠の頭は混乱の一途をたどった。
 「クリスチャン、ここにはヴァンパイア以外の人もいるのよね? 私、もう覚えられそうにないわ」
 「覚える必要はない。わたし自身、皆を知っているわけではないのだ。だが見分けるのは簡単だ。ヴァンパイアは黒を好む」
 永遠は辺りに目をやった。確かに黒いドレスやタキシードの人が大勢いた。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia