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ラストメモリー

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 「では、わたしが永遠につらくあたっていた理由を話す」


 「黒薔薇が咲いたのだ」
 「はぁ? 何を言うかと思ったら、薔薇が何だってんだよ」
 クリスチャンは黙って眉を上げた。
 「はいはい、どうぞお話下さい、ヴァンパイア様」
 ブリスは天を仰いだ。
 「お前は気付いていないかもしれないが、館の赤い薔薇は咲かないのだ。二百年間ずっと蕾のままだ。それが時折黒く染まる。すると必ずわたしのそばにいる女がひどい目に遭うのだ」
 「永遠もひどい目に遭ったよな―薔薇のせいで」
 クリスチャンはギロっと視線でブリスを射抜いた。
 「お前の口はいくつあるのだ?」
 ブリスはニヤーっと笑って犬歯を覗かせた。
 睨みつけたまま続ける。
 「それもわたしが目をかけてやればやるほど、ひどい目に遭うのだ。だからわたしが永遠につらく当たれば、危害は及ばぬかもしれないと―彼女だけは何としても守ってやりたかったのだ」
 ブリスは頭を掻いた。
 「それが本当なら、そんな薔薇抜いちまった方がいいんじゃねーの?」
 「駄目なのだ。一度やってみた女がいたが、薔薇ではなく自分の指を切り落としてしまった。幸い彼女はヴァンパイアだったので手は元通りになったが」
 ブリスは顔を引きつらせた。
 「あんた、今すげーヴァンパイアっぽい顔してるぜ」
 ブリスを無視して続ける。
 「そこでわたしが抜こうとしてみたが、わたしではなく女に不幸が降りかかるので止めたのだ。実はあの薔薇はわたしが以前…愛したジョセフィーヌという女の植えた薔薇で、わたしは彼女の呪いではないかと」
 ブリスは言葉をなくした。そして腹を抱えて笑い転げた。
 「マジで言ってんの? アハハ、なぁ呪いって、腹いてぇ、ヴァンパイアが、言うことか?」
 目に涙を浮かべクリスチャンの肩をたたいた。
 「疲れてんだって、何も起きやしねーよ。あんたはここで老体を休めてな。俺はあのババアにいじめられてねーか、永遠の様子を見てくっから」
 部屋に一人残されたクリスチャンは小さな声で呟いた。
 「彼女の亡霊を目にしても、そう言っていられるか?」


 イヴの後に続いて部屋に入ると、そこには腕を組んだエリカとかわいらしい女性がいた。
 「ちょっとキティー! ドレスに皺が寄ってるじゃない。こんな簡単なことも出来ないの?」
 「申し訳ありません、エリカ様」
 「エリカ? 連れて来たわよ」
 エリカと女性がこちらを向いた。女性の大きな瞳に浮かんだ涙に気づいて、知らない相手なのに永遠の胸が締め付けられた。
 「あんた名前は何だったかしら? トリだったかなんだったか、印象が薄すぎて忘れちゃったわ」
 アハハとエリカのわざとらしい笑い声が響く。
 「永遠よ」
 永遠はポツリと呟いた。
 「キティー、用意したドレスを持ってきて」
 イヴの主人然とした命令に、慌ててキティーが灰色のドレスを手に戻ってきた。
 永遠は手渡されたドレスを掲げた。それは飾り気のないモスリンで出来ていて、色は雨に濡れたネズミの色だった。
 「あなたにはお似合いよー。ねぇ、エリカ?」
 「ええ、おば様。そのくすんだ色が地味な雰囲気と良く似合ってると思うわ」
 二人は顔を見合わせ笑った。
 うってかわってエリカは笑みのかけらもない顔でじっと永遠を見つめた。
 「良かったわね。これがはじめての晴れ舞台じゃない? あたしに感謝してほしいもんだわ。あんたに会ってすぐにおば様にお知らせしたのよ。クリスチャンがみすぼらしい猫を拾ったみたいだって」
 イヴはくすくす笑った。
 「そのときはあなたみたいなのだとは思わなかったものだから。いまさら婚約パーティーなんて必要もないけど、お客様をお招きしてるから仕方がないわね。さて、ドレスも選んだことだしお茶にしましょー。エドモンドにタルトを持ってこさせるわ」
 二人が出て行くと静まった部屋の中は永遠とキティーだけになった。
 永遠は二人の言葉を頭から締め出して、もう一度じっくりとドレスを値踏みした。きっとこのドレスにも一つぐらい良いところはあるわ。
 けっきょく諦めてドレスを床に落とした。
 ドレスを選ぶなんてよく言うわ。もう決めてあったじゃない、ステキなドレスに。
 「お嬢様にはお似合いになりませんね。お顔の色が悪く見えます」
 キティーは永遠の落としたドレスを摘み上げた。
 「それに、これは侍女のものです」
 この娘はいい人そうだわ。
 「あなたはキティーというのよね? 私は永遠というの。あなたは、メイドさん?」
 ペコリと頭を下げられどぎまぎした。
 「はい、なんでもお言い付け下さいまし。ぼっ、私、お嬢様のことは存じ上げております。皆、噂してましたから」
 悪い噂でなければいいけど。エリカやイヴが言うよりひどいことはないだろうが。
 「そうなの。私たちいいお友達になれそうじゃない? 年も近そうだし、私のことは永遠って呼んで。それと敬語は止めてね、偉くもなんともないんだから」
 キティーの目がさらに大きくなる。
 「そんな! 滅相もありません。お嬢様のような身分の方がメイドなどと懇意になるなんて、叱られてしまいます」
 困らせてしまったようだ。どうしたものかと思っているうちにドアが開いた。
 「永遠、ババアにいじめられなかったか?」
 「ブリス! その呼び方は止めなさいって言ってるでしょ」
 ブリスの視線がキティーの手からたれた灰色の布切れに落ちた。
 「もしかして、これ…あのババアが?」
 「ブリスったら!」
 ブリスが永遠の手を引っ張り歩き出した。
 「行こうぜ。そんなの着る必要ねーよ」
 ババアが自分で着りゃーいいんだなどと言いながらずんずん進むブリスに引っ張られて、転ぶまいと小走りになりながら永遠は振り向いた。
 「あっ、じゃあキティー、またね」
 だがキティーにその言葉が聞こえたかは定かでない。キティーはボーっとブリスだけを見つめていたのだから。


 パーティーが始まってしまった。階下からは招待客たちの話し声が響いてくる。
 どうしよう、何を着ればいいの?
 持ってきたトランクを引っ掻き回してみたものの、ふさわしいものは見つからなかった。
 どうしてパーティーなのにドレスを持ってこなかったの?
 なぜならドレスなんて持ってないからよ、おばかさんね。
 自分で自分の質問に答え、眉を寄せて複雑な表情を浮かべる。
 ワンピースじゃ駄目かしら?
 そのうちの一着を手にしたままそっと部屋を抜け出て階下を覗くと、色とりどりのドレスが目に入った。
 空に浮かぶ手の届かない星ぼしのように輝いている。
 駄目よ。これじゃカジュアルすぎるわ。
 部屋に戻りながら考える。
 いっそ昨日の、灰色のずた袋に身を包もうか。一応ドレスだしワンピースよりは浮かずに済むかも。
 「すまない、遅くなってしまった」
 クリスチャンが部屋に滑り込んできた。クリスチャンはタキシードに身を包み、髪はひとつに縛られている。その戒めから抜け出した一房が額に垂れかかり、ロマンティックな雰囲気を醸し出していた。
 クリスチャンがこんな盛装をしているならますます浮いてしまうわ。
 永遠はため息を吐いた。
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia