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ラストメモリー

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 「そういえばクリスチャン、ブリスに服を貸してくれたのね」
 永遠は何気なくベッドにあったクリスチャンの手を取ってブリスを眺めた。
 「良く似合ってるわ。サイズもほとんど同じみたいだし」
 クリスチャンは握られた手を見下ろし、ためらいながらそっと握り返した。
 「こんなの俺の趣味じゃないね。真っ黒で陰気くさいし、いかにもヴァンアイアって感じだ」
 ブリスが落ちつかなげに袖を引っ張る様子は微笑ましかった。なぜなら永遠にはそのつっけんどんな言葉も照れ隠しだとわかっていたし、見られていないと思ってそっと生地を撫でる手つきからも、本当は喜んでいるのだとわかったから。
 「うーん、いかにも兄弟って感じかしら」
 「何を言う!」
 「何言ってんだ!」
 同時に答えた二人に永遠は眉を上げ、二人が睨み合うのを傍観した。
 ブリスの視線がしっかりと握り合わされた手に落ちる。
 「おい、なに永遠の手、握ってんだよ」
 永遠は目をぐるりと回した。


 窓からは湿った秋の香りが迷い込んでいた。数日後、すっかり元気になった永遠はクリスチャンの宣言どおり三人で散歩をした後、久しぶりに台所に立っていた。キッチンに入って真っ先に目に飛び込んできたのはテーブルに山と積まれた熟れきった桃だった。
 いくらなんでもこれほどあっては食べきる前に腐らせてしまうと思った永遠は、鍋に桃と砂糖を投げ込んでコトコトいわせていた。
 匂いに釣られ、鼻をひくひくさせたブリスがやって来て鍋を覗き込んだ。
 「ジャム?」
 「そうよ。味見したい?」
 木ベラを鍋から取り上げ、そうっと熱いジャムを指先ですくう。
 「うん、おいしい」
 味に満足し、ブリスにもどうぞと木ベラを差し出す。

 ブリスはたっぷりジャムの付いた木ベラを無視して、永遠がさっき舐めた指を掴み自分の口に入れた。
 「うまい」
 指にブリスの熱い舌を絡められた永遠はビクッとし頬を上気させた。
 永遠が名付けようのない感情に翻弄されている隙に、口に指を含んだままブリスは永遠の胸元に視線を彷徨わせた。
 「何見てるの?」
 彼の視線の先を追い目を細めた。
 「今日は何色かなって思って。熱を出した日は白で、前に風呂場で見た時はピンクだったから―赤?」
 「赤なんて持ってません!」
 ブリスが無邪気な顔を見せる。
 「何で? ぜってー似合うぜ。俺が買ってやろうか?」
 そんな顔しても騙されないんだから。どうせ布で覆われているよりも露出している部分の方が多いような破廉恥なものを想像しているんでしょう。
 「おい、風呂場で見た時とはどういうことだ?」
 クリスチャンが腕を組み落ち着いた様子でドア枠にもたれていた。
 「まあ、いつからいたの?」
 クリスチャンはブリスが掴んだままの手に目を向けた。
 「味見をするところから」
 永遠は目を丸くした。
 「最初じゃない。声をかければいいのに」
 クリスチャンは眉を上げた。
 「だがそうしていたら、こいつが君の下着姿を見たのは、熱を出した日が最初ではないと知らずにいた」
 ブリスは申し訳なさそうな表情をつくろいながら口角を上げて言った。
 「永遠に風呂に入れられた時、服が濡れて透けたんだよ―ピンクの下着が」
 最後の言葉はクリスチャンを挑発するためのものだ。
 クリスチャンは唸った。
 「何ということだ。わたしは白しか知らないというのに」
 永遠はブリスから離れ、男たちを同時に睨みつけた。
 「ねえ、さっきから白、白って、勝手に私の下着を見たの?」
 クリスチャンは口角をピクリとさせ、ブリスは頭を掻いた。
 「それはだな、こいつが汗を拭いた方がいいと言うから―」
 「だけど実際に永遠に触ったのはあんただろ」
 「お前も見たではないか」
 「俺は―」
 永遠が大声を上げた。
 「もういい! 止めなさい二人とも。同罪よ」
 鍋に向き直ると一拍間をおいてから刑を言い渡す。
 「このジャムは私のもの。あなたたちには一口だってあげないわ」


 食卓は惨めだった。皿にはただトーストだけが載せられていた。
 物欲しそうにブリスが永遠の方に目をやると、トーストの上には黄金色のジャムが鎮座し、かぐわしい香りを放っていた。目の前の瓶にはたっぷりと黄金色が詰まっている。
 「美味かったなー。いーなー。ちょっとでもいいからくれないかなー」
 永遠は甘いトーストをぱくりと頬張り、だーめと答えた。
 髪を後ろでひとつに縛ったクリスチャンは、ブラックコーヒーを飲み、潔く刑を受けいれていた。
 永遠がその様子にちらりと目をくれた。
 「髪が伸びたのね、その髪型も似合ってるわ」
 「ああ、何度掻きあげても落ちてくるのでな」
 「そうなの。で、それは何?」
 トーストを頬張ったまま目でテーブルに置かれた白い封筒を示した。
 「うむ? 両親が送ってきたパーティーの招待状だ」
 「パーティー?」
 カップをソーサーに戻し、永遠に視線を据えた。
 「わたしと君の婚約を祝うパーティーだ」
 「だけど私達は…」
 永遠は伸びてきたブリスの手から瓶を遠ざけた。
 「エリカが両親に君の事を話したのだろう。母がチャンスを逃すわけがないからな。嫌なら行かなくてもいいのだぞ」
 「いえ、ぜひ行きたいわ。あなたがよければ」
 クリスチャンは指先で封筒を叩きながら思案した。
 本当のところ行くつもりはなかった。婚約パーティーなどしなくとも永遠といられるだけで十分だ。だがここを離れるというのは都合がいいかもしれない。さすがに両親の屋敷まではアレもついては来られないだろう。
 「そうだな。では招かれるとしよう」


 これまた大きなお屋敷だった。クリスチャンの館を初めて見たときもその大きさに圧倒されたが、これはそれ以上の大きさだった。そしてやはり外観は、黒いの一言に尽きる。
 永遠は気後れしてノッカーに手をかけたクリスチャンを引き止めた。
 「ねえクリスチャン、やっぱりこの格好は相応しくないんじゃないかしら」
 自分の淡いクリーム色のワンピースを皺もないのに撫で付けた。
 「大丈夫だ、君に良く似合っているよ。それに―もう見られている」
 気付けば大きな扉が開いていて金髪をきれいに後ろに撫でつけ、銀縁メガネをかけた男性がこちらを見ていた。
 「まぁ!」
 永遠はクリスチャンの後ろに少しだけ身を隠した。
 「坊ちゃま、お待ちしておりました。お連れの方々もさぞお疲れでしょう。お部屋にご案内いたします」
 どんなミスも見逃さない鋭い眼差しの持ち主が脇に一歩ずれ道を空けた。
 「永遠、執事のエドモンドだ。エドモンド、先に両親に会いたいのだが」
 「はい、愛の間でお待ちです」
 エドモンドの後ろをクリスチャンと並んで歩きながら、美しい装飾品も目に入らずにこれから起こることを思って硬くなっていた。
 「永遠、心配しなくていい、わたしがついている。それに両親は君を獲って食ったりしないから」
 そうは言われても生きているうちに『婚約者』の両親に会うなんてことが起こるとは思っていなかったのだから、やはり不安にならないわけがない。
 ガシャン!
作品名:ラストメモリー 作家名:Lucia