ラストメモリー
「そんな言い方しなくたっていーだろ? 永遠はあんたのことを思って毎日毎日外に出っ放しなんだぜ」
クリスチャンはブリスをねめつけた。
「何様のつもりだ? お前に口出しされるいわれはない。第一お前はいつまでここにいるのだ?」
「いつでも出てってやるよ、永遠を連れて」
クリスチャンは嘲笑った。
「彼女がそれを望むとでも? そもそもお前に行くところがあるのか?」
ブリスは牙を見せた。
「あんたといたがるとは思わないね。現に永遠はほとんど外で俺と過ごしてた。あんたといたって永遠は傷つくだけだ」
二人は睨みあった。互いに痛いところを突きあって。
乾いた服に着替え、タオルを抱えた永遠が緊張の走る二人の間に飛び込んできた。
「ブリスもこれで拭いて。あと服は…」
ブリスにタオルを渡してクリスチャンを見る。
「クリスチャン?」
「勝手にしろ」
「ありがとう。すぐに食事を用意するわね」
クリスチャンは意味ありげに永遠を見下ろした。
「その必要はない。今夜は君の血を頂く」
永遠はクリスチャンに抱き寄せられた。
その様子に目をすがめ、ブリスはタオルをかぶるとガシガシと力強く髪を拭いた。
髪に手を差し入れられ頭を仰け反らせた永遠は、首筋にクリスチャンの温かい吐息を感じてぞくっとした。牙が埋められると目を閉じ、その唇からは喜悦の小さな声が漏れる。
クリスチャンは口を動かしながら視線だけを上げてブリスを見た。
見せつけるようなクリスチャンの仕草に、ブリスは舌打ちをして目を逸らした。
飢えを満たしたクリスチャンは、唇に残る永遠の甘い滴を舐め取ってから力の抜けた彼女を抱き上げた。
「部屋へ運んでやろう。食事はあとで持ってゆく」
頬をかすかに染めた永遠は頷くことしかできない。
食事のことなんてどうでもいいのに。もう彼の事務的な口調も気にならない。そもそも何も考えられない。ただクリスチャンを感じ、彼の中に自分が取り込まれていくその感覚に頭がボーっとしていた。
ベッドにそっと下ろされてキルトがかけられた後も、永遠はまだふわふわと揺れているような感覚を味わっていた。体が熱くて、彼の手が離れても心もとなく感じない。
クリスチャンは永遠にちらりと視線を走らせただけで部屋を出た。
広間に戻ったクリスチャンはブリスを見て眉を上げた。
「で、お前は何をしている? とっくの昔に出て行ったものと思っていた」
まったく忌々しい容貌だ。女なら誰でもこいつになびくだろう。世界中の女がこいつに気を持とうがわたしにはどうでもいいことだ。
だが、永遠は別だ。永遠はわたしのものだ。
「永遠の食事を用意すんだろ? 俺も手伝ってやろうと思って」
クリスチャンは鼻を鳴らし、キッチンへと向かった。
「お前の分はないぞ。それをあてにしているなら」
ブリスのペタペタという足音がついてくる。
「あんたの作ったもんなんてこっちから願い下げだ」
ブリスの声がワントーン低くなる。
「あんた、永遠が全然食ってねーの知ってんのか? あんたが食えって言うほど、何も喉を通らなくなってる」
「…わかっている。それでも、そうするしかないのだ」
ブリスが牙を剥いて唸る。
「ほかにもっとやりようがあんだろうが」
クリスチャンは黙ったままだ。クリスチャンの後からキッチンに足を踏み入れた。
「はぁ、だから俺が手伝ってやるっつってんだろ。大体あんた、何作るつもりなんだよ?」
ブリスはテーブルにもたれかかり、腕を組んだクリスチャンはシンクに寄りかかった。
「ステーキでも焼こうかと」
ブリスは頬を張られたように目を見開いた。
「冗談だろ? あんたが冗談を言うとは思えねーけど。マジで永遠がそんなもん食えると思ってんの?」
「わからない。だが栄養はある。彼女に必要なのは滋養のあるものだ」
「あんた、長いこと人と離れすぎたな。永遠に必要なのは…」
チラッとクリスチャンに目をやったブリスは、クリスチャンがその答えを本気で知りたがっていることに気づいた。
「フルーツだな。永遠は桃が好きだって言ってたぞ」
クリスチャンはブリスが答えを変えたことも、自分が知らない永遠を知っていることも気に食わなかった。
「桃だと? そんなものでは食事とは呼べない」
「けど、桃なら食えるかもしれねー。結局食えねーと意味がないんだぜ」
クリスチャンは目をすがめながらも言った。
「いいだろう。では桃を買ってくるとしよう」
そしてすぐにヴァンパイアの笑みを浮かべた。
「その間、永遠には近づくな」
ブリスがニヤリとして鋭い牙をのぞかせる。
「あんたに止められんのか?」
クリスチャンは一瞬でブリスの前へ移動し、顔を近づけた。
「あまりわたしを刺激しない方がいいぞ。お前なぞ簡単に殺せる」
ブリスは顔色ひとつ変えずに言ってのけた。
「なら急いで行った方がいいぜ」
クリスチャンは五分もしないうちに大量の桃が入った紙袋を腕に抱えて戻ってきた。キッチンに入って荷物をテーブルに置く。
もちろんそこにブリスがいるとは思っていなかった。表情を変えずに永遠の部屋に向かう。部屋の前には少しだけ扉を開けて中を覗いているブリスがいた。
「本当に殺してやろうか?」
クリスチャンは音もなくブリスに近づき首に手をかけた。
「ああ、早かったな。せっかく今から…」
「黙れ」
手に力をこめる。
そのとき何かが二人の注意を引いた。
二人は先を争いベッドに駆け寄った。二人の人間離れした目には暗い闇の中でも永遠の真っ赤な頬がはっきりと見えた。それ以前に永遠の荒い息遣いが二人の聴覚を刺激したのだ。
「永遠?」
クリスチャンが永遠の頬に恐る恐る手を伸ばす。
熱い。クリスチャンは眉をひそめた。
「すごい熱だ」
「んなこと言われなくたってわかってるよ」
ブリスは部屋を出て行った。
クリスチャンは永遠の湿った頬に張りついた髪をそっと払った。手はそのままに目を閉じる。
「あぁ、永遠すまなかった。わたしの責任だ。わたしは君を苦しめてばかりいる」
「やっとわかったのか、このバカ野郎」
ブリスが部屋に戻ってきた。
手には水の入った桶とタオルを持っている。それをサイドテーブルに置くとキルトをめくり永遠のワンピースのボタンに手をかけた。
「おい、何をしているっ!」
クリスチャンはブリスの手を握りつぶさんばかりに掴んだ。
「汗を拭かねーと。冷たい水で拭けば熱が下がるだろうし。狼だったら母親が子どもを舐めてやるんだけど」
ブリスがちろりと舌を出す。
クリスチャンは眉を寄せ不快を表した。
永遠を見下ろすと胸が激しく上下していて、ほんの少し手を下げるだけでそのふくらみに触れられそうだ。
「それならばわたしがやる。お前は部屋から―」
「俺がチャンスをやったんだぜ。せめて見るくらいはいーだろ?」
熱に浮かされた永遠が抗議するようにうめき声を上げた。
「あぁ永遠、すぐ楽にしてやるからな」
クリスチャンは並んだボタンを外し始めた。
ブリスは黙って脇に立ち、何も見逃すまいと目を見開いている。