ワン メイクラブ one make love
「いや、別に。疲れてるだけだ」
綾香は日本酒の一合徳利の首を持ちながら、僕の小さな陶器製のお猪口に酒を注いできた。
「なにか、あったでしょう?」
「ん?なにが?」女の勘は鋭い。
「な~~んか怪しいんだな。同窓会って危ないもんね」
「そんなことないだろ、ただのおばさんとおっさんの集まりだ。いい歳くらってるし、お前だって毎年やってるじゃないか」
「そっかな~~」探りを入れる綾香。
「ところでお前は正月どうしてたんだ?」話しを逸らす為に話題を変えた。
「飲んでたよ。いつもの所で」
「マスターの店か」
「そう、中年女一人カウンターでお正月から・・・寂しいと思わない?」
「好きでやってるんだろ」
「まあね、私、家庭って苦手だから。飲んでるほうが気楽」
「お前もキリギリスだな」
「えっ・・なにそれ?」
「いや、女一人でいると男が寄ってきやしないか」
「来たよ。た~~くさん。これでも私モテるんだから」
「おまえこそ怪しいな」
「何言ってんのよ。私はあなただけ」
「ど~だか・・・。マスターに惚れてやしないか?」
「うん、いい男ね、マスターって」
「誘われたら寝るのか?」
「まさか~、知ってる身内じゃ嘘がばれるわ」
じゃ、知らないところだったら嘘が見破れないって言うのか・・と思ったが、僕は昨夜のこともあり口に出さなかった。その通りなんだし。
やっぱり綾香と僕はキリギリスなんだ。うまく立ち回るのは上手だけど生き方は上手でない。心のままに動くことはどうしても批判が付いて廻るからな。だからお互い居心地がよくて、ここまで来たんだろう。
そして僕は綾香の部屋に泊まり、飲みすぎたせいにして、そのまま彼女のベッドで寝てしまった。最近はいつものことなのだ。50も過ぎるとセックスレスも肉体の老いのせいにしてお互い何もせず寝てしまう。倦怠感と飽きが二人の肉体関係に忍び込んできたことに抵抗しない。これもあるがままなのか。
僕は昨晩の京子を思い出し、丸くなって綾香に背中を向けて寝た。
京子から電話がかかってきたのは5月を過ぎた天気が良い日だった。
「おっ、なんだい珍しいじゃないか」僕はもう彼女からの連絡はないものだと思っていた。一晩だけのメイクラブのフラッシュバックは一ヶ月程続いたが、結局、物欲しさに呼び出すこともなく、少し期待した彼女からの連絡もなかったので自然消滅のような形で関係は一時終わっていた。
「久しぶり~~ お元気?」
「ああ、久しぶりだな」
「ねえ、夏の忘年会をしようかって話しがあるんだけど、面白いと思わない」
あの日の夜を思い出した。
「えっ、また急だな。メンバーは?」
「仲のいい男三人と女三人の六人のミニ同窓会」
「どんなメンバーなんだ」
京子は聞き覚えのある名前を言いだした。それはクラスの中の同じ班の仲間だった。中学生の一クラスは40人ほどだが、6人の班にそれぞれ別れ、全部で6班のグループに別れていた。各グループ毎に班長を選び出し連帯責任や共同感を学校で学ばさせるためだ。
「やあ、懐かしい仲間だな。なんでそのメンバーになったんだ?」
「なんとなく」
正直あまり覚えてなかった。グループのメンバーは季節毎変わるし、京子の事だって実はよく覚えてなかったのだ。
「ふ~~ん、いいんじゃないの参加するよ」
「きゃーうれし~、じゃさっそく来月お膳立てするね。また電話するから」
そこで電話は切れた。おいおい、あの夜の話しはないのかよ・・・。
いや、待てよ。これは京子が仕組んだ計画じゃないだろうか・・そうでなきゃ
何であの時のろくに覚えてないメンバーが集まるんだ・・・。
また会いたいと思ってることだけは確かなようだな・・・僕は京子の乳房を思い出そうとしたがはっきりとは思い出せなかった。まあるい・・おおきい・・・やわらかい・・・忘れていた感触を思い出そうとしたが無理だった。
まあ、いい。またその時が来たら来たで対処しよう。また誘ってしまうのかな、きっとそうなるんだろうなと勝手に予想した。
夏の忘年会の服装は冬と違ってオープンでラフだ。女性陣の胸元は開かれ中学生の時より完全に大人だ。熟女というくくりがあるが全員がその類だった。
6人が揃ったところでミニ同窓会は始まった。寿司屋の2階の8畳の客室だった。それぞれ交互に座ろうということになった。京子は僕の横に座った。宴会は近況の知らせや仕事のこと家族の事の話題で溢れかえる。
家庭を持たない僕は頷きと簡単な質問しか出来ない。どちらかというと退屈な同窓会だった。まあメンバーを見れば予想できたのだけれど、このメンバーで弾けようというのが無理な設定だった。時間が経つたびに、これは京子の計画だとわかった。2時間の食事会でミニ同窓会は終わった。型どおりの愛想笑いでお開きにして終了することにした。誰かが二次会に行こうと言い出したが仕事があると断りを入れた。京子もだ。
やっぱり、そういうことか・・・・。
僕と京子は駅まで行くといって二人連れ立って街の人混みの流れに消えた。
「京子、二人っきりが狙いだったんだろ」僕は歩きながら京子の顔を見て言った。
「ばれた?」
「おかしいと思ったんだ。なんで?会いたかったのなら二人きりで会えばいいのに」
「口実が必要だったのよ。じゃないとそうそう家から出れないわ」
「あ~~、なるほどね。そういうことね・・・」
夜の街を歩きながら京子のくねらせた裸が頭に浮かぶ。
「どっかで飲もうか・・・居酒屋でいいか」
「うん、どこでも連れてって」そう言いながら腕を組んできた。
「おい、おい、いつからそんな関係だ」
「あの晩から」
「やっぱり覚えてやがら、忘れるはずじゃなかったか」
「へへっ・・・・いいじゃない。一度しあった仲だから」
「なんだよ急に。欲求不満なのか」
「ロマンがない人ね。女が一緒に居たいって言ってるんだからつき合ってよ」
絡めた腕に力を込め、さらにすがりついて来る京子に悪い気はしなかった。僕達は赤提灯が見える居酒屋に隠れるように入った。
「冷酒で行こうか」僕は差し向かいに座った京子に聞いた。
「そうね、ビールは何杯飲んでも酔わないしね」
「そんなにお酒強かったっけ?」
「あなたもね。どっこいどっこい」
サラリーマンで賑わう、何の変哲もない居酒屋で僕らは二次会を始めることにした。
「あの日はお世話になりました」京子があの晩をぶり返してきた。
「えっ、何のことだっけ。忘れた。忘れてくれって頼まれたから」
「頼んでないわよ~」京子は大袈裟に笑いながら左右に手をヒラヒラさせた。
「いや、これで最後だから、内緒よって言ってた」
「え~~、そうだった。覚えてない。内緒は内緒だけどね」京子が笑う。
「結婚してんだよね」
「うん。あなたは彼女がいるの?」
「えっ・・・まあな・・・」
胸に入れた携帯が鳴った。綾香からだった。ばつが悪いタイミングというのはよくある。何でこんな時にという時によくひっかかるものだ。
「ちょっとごめん、噂をすればだ・・・」僕は席を立ちあがろうとした。
「いいじゃない。静かにしとくから」そう言って京子は腕を引っ張った。
「あっ、こらっ・・」
「もしもし学 どっかで飲んでるの」綾香の声だ。僕はいい訳をするタイミングを逃した。しょうがない。
作品名:ワン メイクラブ one make love 作家名:海野ごはん