水晶少女
例の如く日本史の先生の手伝いをし、教室に戻ってくると、廊下で彼女が生徒用のロッカーの前に立っていた。我が校は教室の中に生徒用のロッカーがあるのではなく、教室から廊下を挟んだ壁側にずらりと生徒たちの正方形型ロッカーが設置されているタイプだった。
僕は近づき、彼女に声を掛ける。
「やあ」
彼女はロッカーの中を手でごそごそしながら、こちらに視線を向ける。そしてコクリ、と小さく頷いた。僕は彼女の横に立ち、
「なにしてるの」
そう訊いてしまった。
……愚問である。ロッカーを開けるのは、何かしまうか出すかに決まっている。
まさしく訊くまでもないこと。彼女が廊下で一人ロッカーの前にいるという新鮮さが、僕にアホな質問をさせてしまったようだ。
「新しい小説出しているのよ。一冊読み終わったから」
僕のアホな質問にも律儀にそう応じてくれながら、彼女はハードカバーの小説を取り出した。
少し彼女のロッカーの中が見えた。女子のロッカーを覗くというのはなかなかにデリカシーの欠ける行為だと思うが、いかんせんちょっと見えてしまったのだ。
そして僕は圧倒された。彼女のロッカーの中に、びっしりと小説の背表紙が埋まっていたからだ。文庫からハードカバー、いつ出版されたのか定かでない黄ばんだペーパーバックまで多種多様。
教科書や参考書等の教材類は一つとして存在してなかった。
「……君、教科書とか参考書とか、いつもどうしてるの?」
僕は呆然としながら隣の彼女に訊いた。
彼女は僕が何を驚いているか分からない、というように、
「鞄に入れているわ」
簡潔に答えた。
「い、いや、それってかなり面倒だろう? 鞄もすごく重くなるだろうし」
「家で勉強するには持ち帰らなきゃ駄目でしょう。あなたは持ち帰らないのかしら」
そりゃ、勉強するには持ち帰らなきゃいけないが……普通の人はそこまで熱心に勉強しないし、参考書など普段使わない物はロッカーに置いておくのが基本だろう。
「僕は家では勉強しない主義だから……君って、やっぱり凄いね」
本心からその言葉が出た。確かに彼女は学年トップを争う成績優秀者だ。感服せずにはいられない。そして授業で使う教材を入れることを強く推奨されているだろう学校のロッカーを、小さな本棚にしてしまう、彼女の読書好きっぷりにも素直に敬意を表したい。