水晶少女
放課後。僕は校庭のベンチに座っていた。教室に、誰もいなくなるのを待つためだ。
眼前にはサッカー部の紅白試合が広がっていた。異なる色のユニフォームを着た生徒たちが、ボールを中心に激しく動き回る。両陣ともに強さは拮抗しているようで、中々見ごたえのある試合だった。汗を振り撒き、体中を使って試合に臨む。その姿は全身全霊だった。
一瞬心が動いたが、しかしその思いはすぐに消えた。そう、僕はもう彼らに憧憬を抱くことはない。すべてを込められるものを、僕は知ることができたのだから。
彼女の返答が僕を必要としない、という結論でも、失望だけはしない、と僕は自分に誓った。僕にとって、あのときあの場所で彼女の感情の結晶を見られたことだけで、満足だった。
それに……例え僕を必要としなくても、彼女は変わっていくだろう。人を刺す針を持つ女ではなく、大人しい小説を愛する少女として。あの剣呑とした空気ではなく、あの放課後の穏やかなものに。
腕時計を見る。そろそろ頃合だった。僕はベンチから立って背伸びし、校舎へと向かった。
教室の扉を開ける。
彼女は窓辺に立っていた。両手を前に組み、じっとこちらを見ていた。
彼女の背景には日が差し込み、彼女の全体像を淡い橙色に包み込んでいた。
風にはためくカーテン。部活に励む人々の遠い喧騒。そして、中心となる美しい少女。幾度も見た風景でも、それは今までと違った感覚だった。それは、彼女の髪が短くなっていた、というのもあるだろう。しかし、それは一部分に過ぎない。彼女の表情だ。緊張を含んだ感じで、それは初めて見る表情だった。
「やあ」
僕は教室に入り、彼女の前に立つ。
「待っていたわ」
彼女は静かにそう言った。そして彼女は僕に頭を下げた。
「一月も結論を先送りして、ごめんなさい」
僕は首を振った。
「いいよ。いくらでも待つって、言ったから」
「……うん」
彼女はどこか言い辛そうに躊躇して、
「私は、あなたに何も与えられないかもしれない」
「うん」
「私は、つまらない人間で、あなたを失望させてしまうかもしれない」
「うん」
「私は、好きっていう感情もまだ理解できなくて、あなたの思いを受け取れないかもしれない」
「うん」
「でも……」
彼女の表情は、どこか切なげで。自分の感情がうまくコントロールできないようで。
しかし意を決したように、
「それでも、もし良かったら私と友達になってくれますか」
そう言う彼女は、白い頬を薄く朱に染めて、とても可愛らしかった。
あまりに可愛いので、僕はつい悪戯心を出したくなった。
「うーん。どうしよっかな」
「え?」
彼女は一瞬何を言われたのか理解できない、という表情をした。そして、一気に心細い顔になる。
「一月も待たされた挙句、恋人にもなってくれなくて、ただ友達だけだよ、なんて言われてもなあ」
「……」
「僕だって健全な男だし、君となんやかんやしたいという願望が……」
「……」
彼女の目がスッと鋭くなる。
凄まじい眼力だった。これ以上戯けたことを言ったらぶち殺すぞ、という無言の迫力を発散していた。
「じょ、冗談だよ。だから、そんな怖い顔で睨まないで」
そうだ、彼女は人の嘘が見抜ける。僕のくだらない猿芝居なんて瞬時に見抜いてしまうだろう。僕は軽く咳払いし、改めて彼女と向き合う。
「喜んで受けるよ。友達になろう」
僕は精一杯の誠実さでそう言った。
「……うん」
彼女は一呼吸置いて、
「ありがとう」
そう言って、はにかんだ。
まるでタンポポの花が咲いたようで、小ぶりでも、綺麗な笑顔だった。
思えば彼女の本当の笑顔を見たのは初めてではないか。それは絶対に忘れがたいものになると僕は確信した。
……まったく、今日だけで様々な表情を彼女は見せてくれる。
こんな顔ができるなら、きっと彼女は孤独ではなくなる。色々な人に祝福を持って受け入れられるだろう。僕だけに見せるには、あまりにもったいないものだから。