水晶少女
それから一ヶ月が経った。
梅雨に入り、空気もベタつく温みを帯びたものに変わった。長袖じゃ汗を感じるようになってきて、半袖に衣替えする生徒もそこかしこに見かける。
僕はあれからずっと待ち続けていた。一切彼女に答えを求めることはしなかった。幾度も急かしたい思いに囚われた。でも、絶対に駄目だと僕は自分に強く言い聞かせた。
誰の手助けも必要ない。彼女は自分で答えを見つける。そのときまで、自分はただ待ち続けることに意味があるのだ、と。
ただ、僕は彼女に対する別れの挨拶だけは欠かさなかった。僕の『また明日』に『うん』と頷いてくれるだけで、僕は彼女とのつながりを認識できた。
それがどんなに細く脆いものでも、僕は待ち続ける想いの糧にすることができた。
朝。梅雨の合間に差し込んだ晴天の光で、きらきら輝く教室。皆集団で、あるいは一人で学校生活の一日の始まりを謳歌していた。僕も集団に埋没して、昨日見たテレビの内容や、週刊漫画の話をしていた。そろそろ始業の鐘が鳴り、朝礼の時間が始まるところで、唐突に教室がざわめいた。
感嘆の声があれば、驚愕の声もある。僕は一体何事かと思い、慌てて周りを見渡しところ、皆の視線は等しく教室の後ろの扉に集まっていた。そして僕は周囲と同じく驚きに目を見張った。
そこには……彼女がいた。
普段のままなら、特別驚くことではないだろう。しかし彼女は変わっていた。背中まであった長い黒髪を綺麗にバッサリ切り、首が隠れる位のショートになっていた。
僕は驚きのまま、馬鹿みたいに見惚れた。昨日までの彼女は『深窓の令嬢』とでも思い浮かんだが、今の彼女は凛々しさと繊細さを兼ね備えた、中性的な印象を感じる魅力的な女の子だった。
彼女は教室に入ると、クラスメイトの好奇の視線を受け流し、脇目を振らず僕の元にやってきた。そして僕の前に立つ。僕を見下ろす彼女は無表情だった。
「似合ってるよ」
僕は彼女の髪を見ながらそう言った。もちろんお世辞ではない。心からの本音だった。
彼女は右手で自分の髪を軽く梳き、
「……そう? ありがとう」
ニコリともせずそう言った……でも、その表情の奥に微かの安堵が覗いたのは僕の気のせいだろうか。彼女はじっと僕を見つめ、
「放課後。少しだけ、時間をもらってもいい? 教室に来て欲しい」
ようやく、か。僕は心が高揚するのを何とか押さえ込み、
「うん」
頷く。彼女は僕の返事を受け、それ以上何も言わず、自分の席に去っていった。僕は軽く息を吐き、鼓動の高鳴りをゆっくりと鎮めた。