水晶少女
その後、僕たちはいつものように教室に二人きりで、彼女は静かに僕の席で小説を読み、僕は何をするでもなくぼーっとしていた。
僕は人知れず苦笑した。つまるところ、僕たちの関係はこんなものなのだ。
ドラマチックに抱き合うわけでもなく、愛の言葉を交わすわけでもなく。ただ穏やかに放課後の静けさに身を沈める。まったくもって、僕たちらしい。
それが嫌だなんて少しも思わない。このくらいの距離感が、一番心地がいい。その先が望みたくなったら、ゆっくり進めばいいんだ。なに、時間ならある。まだ梅雨の最中で、ようやく夏の萌芽が芽生え始めたくらいなのだから。
「あ、そうだ。思いついたことがあるんだけど」
「……え?」
「君は人にあだ名を付けるのが得意なんだよね」
「……得意ってわけじゃないけど」
「僕にも思いついたんだ」
「何が?」
「君のあだ名」
「……」
「言っていい?」
「……お好きに」
「水晶少女」
「なにそれ。どういう意味?」
「教えない」
「なんでよ」
彼女は少し頬を膨らませ、じっと上目遣いで見てくる。
ホントにこの子は色んな表情を持っている。今まで抑制してきた反動なのかもしれない。
「恥ずかしいからね」
……彼女を通して心を反射してしまう鏡のようなところと、そして彼女自身の透明な心のダブルミーニング。僕は針女よりこちらの方が遥かに彼女に似合っている気がするけど、まあわざわざ解説するものでもない。
「ところで前から気になってたんだけどさ。なんで君いつも僕の席に座ってるの?」
「窓際が好きなの。風が頬に当たるのが気持ちいいから」
「ふーん」
「……」
「……」
「……本当?」
「……ちょっとだけ、あなたの世界がどんな風に見えているのか、っていうのが気になったかも」
恥ずかしそうに、彼女はそう言った。
(了)