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水晶少女

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 学校前の通学路には、桜が並んでいる。
 もう満開はとっくに通り過ぎ、ほとんど花をつけていない木もあったが、しかしそれでも最後の一絞りといった様子で、ささやかな花を咲かせている木もある。満開の華々しさ溢れている生命の輝きもいいものだが、命の黄昏も、それはそれで見る者の心を打つ。
 桜の木々を見上げながらそんな感傷に浸りつつ、花びらが散在する通学路を、僕は歩を進める。好きなドラマの再放送を見たいと心に決めていながら、しかし僕の心はどこかふわふわしていた。
 理由は明白だった。彼女に返答をもらったからだ。思えば彼女と会話が成立したなんて、この新学年になって初めてのことではないか。そう思うとやっぱり嬉しくて、感無量、なんて言葉さえ出てきてしまう。と、浮かれながらにやにやしていた僕の顔を見て、なにかヒソヒソ話している女子生徒たちがいた。
 僕は慌てて顔を引き締めた。


 針女。彼女のあだ名。とても分かりやすい。
 彼女に近づく人間は針に刺されるからである。
 針と言っても、それは本物の針ではなく(というか本物であったら大惨事だ)言うなれば針の如き言葉である。人の心を抉るような辛辣な言葉。言われた人間は、心に大きな穴を空けてしまう。それが男にだけ向ければ、ただ貞操感の強い女の子だなあ、とでものんびり思うが、彼女の針は男女分け隔てなく刺す。素晴らしい潔さだ。

 現在彼女は二年だが、一年の頃から彼女の武勇伝は有名だった。
 曰く、バスケ部のエースであり、自他ともに美男子だと評される先輩に告白されたが、無下に断ったあげく彼のプライドをもズタズタにした、という逸話。
 あるいは、学校一の番長格(しかし仮にも21世紀の高校を自認している我が校で、この名詞の黴臭さは度を越している。都市伝説もかくやだ。でもそう伝えられていたのだから致しかたない)の女子生徒に絡まれたが、暴力ではなく言葉で再起不能に追いこんだ、という噂。
 どれも間違いなく面白半分に脚色されたものではあるだろうが、実際彼女と同じクラスに半月過ごしてみれば、なるほど、そこまで的を外れたものではなかろうか、と思い直してしまう。
 それほど彼女の威圧感は半端なかった。
 登校、授業、放課後、下校、常にたった一人で過ごし、授業のときは黒板を睨みつけ、休みになれば本を睨みつける。誰かに(とても稀だが)声を掛けられれば、睨みつけるか、徹底的に無視するか、のニ択である。あんなに睨みつけて目の筋肉は攣らないものなのかと、勝手に心配してしまう。

 しかし、そこまで他者を排斥しておきながら、彼女はまったく埋もれることはなかった。教室という空間において、決して誰にも真似できない輝きを放っていた。
 その輝きを、ものすごく俗に言ってしまえば、彼女のルックスであろうと僕は思う。
 美しいのだ。
 顔のパーツは隙がなく整っており、白皙の肌とサラサラと梳き零れる黒髪と併せて、精妙な日本人形を思い起こさせる。           
 声質は秀麗で、英語や国語の時間などに紡がれる言葉は、ほっとするような安定感がある。
 佇まいも凛としている。授業を受けるときや、本を読むときも背筋を張って、静かに教科書や本のページを捲る。ふと彼女の方に視線を向けると、まさしく模範生徒の鏡だと感じてしまい、慌てて僕も畏まってしまう。
 成績も学年トップを争うレベルらしく、特に文系科目は他の追随を許さないと聞く。

 そんな彼女の輝きは、それ故に人々を惹き付けてしまう。そして辛辣に拒否されてしまえば、好意や憧れは憎悪に反転される。だからこそ、針女などという不名誉甚だしいあだ名がついてしまったのだろう。

 でも、僕は他の人々と同じように彼女を恐れる、または憎む、という感情を持たなかった。その理由は、彼女のことをよく知らない、ということがあるのだろう。前述したよう噂話は耳にタコができるほど聞いているが、噂話を聞いただけでその人間の人となりを理解した、なんて思うのは早計にもほどがある。自分自身で仔細を確かめた現実こそ、信じるに値すると僕は思うのだ。
 そしてこの目で確認したものとは……半月程度同じクラスで授業を受けただけ、しかもさっきまでは一言も会話していなかった。となれば、僕は彼女のことなど何も知りもしない、だからこそ、恐れるも憎むもない。
 ……だが、それは理由の一端に過ぎない。僕は少なからず、彼女という人間に好意という名の興味を持ってしまったのだ。二年になって、どこか浮ついた気持ちで新しい教室に足を踏み入れ、彼女をこの目に焼き付けてしまったときから。

作品名:水晶少女 作家名:がるざく