水晶少女
日本史の先生の手伝い。僕はぼうとしながら、講師室の片隅にある複合機の前で印刷していた。できあがったプリントの束を先生に持っていく。
「お。できたか」
先生は枚数を指先で捲り、丁寧にチェックしていく。先生はフランクな喋りで授業を進めるのでルーズに感じるが、物事を生徒に一任するのではなく、仕上がりをきっちり自分でも確認する几帳面さがある。その丁寧さが、先生が生徒に好かれている理由だろう。適度に緩く、しかし大事なところは厳しい。
「お前……これ半分しか印刷してねえぞ」
「え? す、すみません、もう一回、印刷してきます」
僕は慌てて踵を返そうとした。
「まあ、待て……ちょっと、こっちこい」
先生はプリントの束をデスクに置き、手招きして、僕を呼んだ。
僕は言われたように、先生の傍に寄る。
「お前、ここ最近おかしいぞ。変なところばっかりミスしてよ」
「……そうですね」
先生は僕の目を覗き込むように合わせ、
「……なにか、悩み事でもあるのか? 一応俺も教員免許持ってんだから、相談ぐらいなら乗ってやらんこともないぞ」
先生は言葉とは裏腹に温かい声色でそう言ってくれた。僕を案じてくれる言葉はとても嬉しかった。でも、
「悩み事は、確かにあります……でも僕は、それは自分なりに解決するものだと、思っています。誰かに頼るのはラクだけど、これだけは自分でどうにかしなきゃいけない部類のものだと、そう考えているんです」
「……そうかい。そう言われちゃ、俺の出る幕はないな」
先生は朗らかに笑い、
「陳腐で説教臭い言葉だけどさ、少年よ、悩め。悩むことは大切だ。時間がある今だからこそできることだ。社会に出ちまえば、悩む暇もろくに与えられず、やらなきゃならんことは腐るほどあるからな」
「……はい」
先生はポンと僕の肩を叩き、
「よし、今日はもう帰れ。調子悪いときは、友達と馬鹿話するなり、好きな趣味なりしてスカッと憂さ晴らしした方がいい」
「ありがとうございます」
僕は先生に頭を下げ、その場を離れようとした。
「なあ。どうしても行き詰ったら、先生に頼れ。俺じゃなくて、担任でもいいからさ……突き詰めりゃ、先生なんざ生徒のオモリをする仕事なんだからよ」
先生の少しだけ不器用な優しさに、僕は心がすっと軽くなった。
人と接するなら、辛く悲しいことも多いけど、それと同じくらいこういう温かさに触れることだって多くあるのだ。
「はい」
僕は、静かに講師室を辞した。