冥帝の万華鏡
なんとなく彼らが求めているのは彼女のあの力だと分かってはいたが、俺は三門のその疑問に対する肯定が欲しかったのだと思う。それがうそであってほしいというのもあったのかもしれない。しかし、彼女が返してきた答えは、俺の予想通りのものであった。
「あいつらは、私の、ほら、あの時の力。あれが目的。どう利用しようとしてるのかなんて知らない。でも、あの人たちが世のため人のためにこの力を利用しようとしているとは思えない。それに、私にはまだやりたいことがあるの。」
「やりたいこと?」
「ええ、私は、自分の記憶を取り戻したいの。自分の手で、どうして私がこんな力を持っているのか。どうして私は記憶を失ってしまったのか。それが知りたいの。だから、それを知るまでは、あいつらに捕まるわけには行かない。最も、知った後も捕まるつもりは無いけど。」
茶目っ気を交え、彼女は小さく微笑んだ。でもその微笑には確かな決意と何処と無く悲しさを潜めたものだった。
「もうずっと、あいつらから逃げてるのか?」
あいつらが彼女の事を知っていて、彼女もあいつらのことを知っている。少なくとも俺と出会う前に一回以上あいつらに襲われているはずだ。一体どれほどの間、彼女は一人で逃げ続けていたのか。それが気になって俺はそう尋ねた。
「どうだろう、私が気がついたときには彼らに追われていたから。もしかしたら、記憶を失う以前から彼らに追われていたのかもしれない。」
彼女は考え込むようにしながらお茶を啜り、さらに続けた。
「そうね、でも覚えている限りでももう二月位はこんな生活を繰り返してたかな。泊まる場所も無いからずっと野宿だったけど。」
寂しげな笑みを浮かべながら語る彼女。
考えてみれば、それはとてつもなく孤独でとてつもなく怖いことだと思った。
「そこで、提案があるんだけど良いかな?」
俺がそんな事をしんみりと考えていると、彼女は俺お顔を覗き込みながら笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「今日のことで、あなたはあいつらに目を付けられたわ。それがどれだけ危険なことか、あなたには分かるでしょう。そして、私もここの所力の使いすぎで正直ゆっくり休める場所が欲しいの。そこで、提案なんだけれど、私もここに一緒に住んで良いかしら。」
彼女のその提案に、俺は口に含んでいた極薄玄米茶を勢い良く噴出した。
「な、ど、どうしてそうなるんだ。」
「だって、危ないでしょ。それに、あなたなら信用できそうだし。」
「三門が良くても…、俺が…」
「あら、何かまずいことでも?」
そう話す三門の顔は非常に楽しそうだった。こいつ、間違いなく俺を困らせて楽しんでやがる。
「もちろん、迷惑はかけないわ。料理は…、無理だけど、掃除くらいなら私だって出来るし。」
「でも、流石に女の子を置くのは…」
一人暮らしだから両親の了解等の心配は無い。でも、ここはアパートだ。そこまで付き合いがないにしてもお隣さんがいるし、大家さんにだって動説明していいか分からない。流石に昨日のことを言うわけにも行かないし、話したところで信用してもらえる可能性のほうが低そうだ。
そんな事をグダグダ考えていると三門は急に俺の前に回りこみ、上目遣いで俺の目を見つめてきた。
「…だめ?」
女の子は卑怯だ。そんな顔されたら、断る事なんて出来ないじゃないか。
「一つだけ聞いておきたいことがある。」
用意したお茶も啜り終わり、夕食の支度に手を付け始めた時、彼女にどうしても聞いて置かねばならない事があることを思い出した。
「ん?」
当の彼女は、新聞のテレビ欄を眺めながら俺の布団の上に横になっていた。もうすっかり順応している。人間の順応能力はすさまじい。
「君の、あの、なんていったら良いんだろうな。あの風を呼んだ奴。あれは一体何なんだ。超能力か、それとも魔法?」
彼女は再びしばし思考、そして困ったような顔をした。
「正直、私にも良く分からないの。気がついたらあれを持ってて、そして使い方も分かった。あいつらもあれのことを超能力って言ったり、魔法っていったりしてるから、そう大括りに出来るものでもないのかもね。」
「そんなものなんだな。」
不思議な力ってものは得てしてそういうものなのかもしれない。特撮物やアニメでもそういった展開は多いし、そういうものなのだろう。
「ああ、でもあれを使うとね、まるで万華鏡みたいに綺麗な景色が一瞬だけ見えるの。」
「そうなの?」
「うん、だから私はね、あれを万華鏡って呼んでるの。私にはあんまりネーミングセンスとか無いから。だから、感じたそのままを、ね。」
一体どんなものが彼女に見えているのだろう。万華鏡。一度で良いから見てみたい。そんな思いがこの頃から俺に芽生えるようになっていった。
さて、そのまま夕食を作り、三門と共に平らげた後、いつもの同じように適当なテレビ番組を流しながら皿洗いをすると言う酷く日常的なことをしていた時、俺はふと思い立った。俺は、非常に非日常的な世界に足を踏み入れてしまったと今更ながらに気がついたのだ。よくよく考えてみれば、あの事故に巻き込まれてから俺はもうすでに非日常の世界に片足を踏み入れていたわけだが、あの時はまだ半歩足を戻せばそこにはまだいつもと変わらない日常があったわけだ。しかし、今の俺は彼女に関わってしまった。少なくとも、彼女を狙っている組織に目を付けられたわけで、ここから引き返そうにも、例え彼女とここで別れても彼女をおびき出す餌に彼らにつかまる危険がある。
「我ながら、後先考えてないな・・・」
今更ながらに嘆息。
昔からヒーローに憧れていたものの、そのヒーロー的な力を持っているのは俺ではなく彼女の方で、俺の方はと言えば、学年の中間ぐらいの身体能力しか持たない極普通の高校生と言う位置づけから何一つとして変わっていない。
「筋トレでもするかな。」
ほぼ気休めのような気もするが、しないよりましだ。それにっと、居間でテレビを見ながら笑いこけている三門を見る。
「今度は、俺が助けてやる。」
まだ命を救われた恩は返していない。この前の時は一人で逃げられたのを俺が邪魔して、俺はその分を返しただけだ。
絶対守ろう。そう心に強く誓い、彼女と一緒にテレビを見ながら笑いあった。
とりあえず、目下の問題はお風呂をどうするかと言うことであった。と言うのも、俺はお風呂をシャワーを軽く浴びる程度にしか使っておらず、浴槽の方は長らくほったらかしだ。ついでに言えば、お風呂用の用具も当然のことながら一人用しかなく、時間が時間なだけに、今から買い足しに行くことも出来ない。いや、コンビニぐらいなら開いているとは思うのだが、彼女がコンビに用品を何故か嫌がっているためにこういった問題が発生しているわけだ。
「で、どうする。お風呂。」
「私は、出来ればゆっくり浸かりたいんだけれど。」
「この髪の毛とか、垢とか結構溜まってる浴槽に?」
そう言って、汚れきった浴槽を指差す。
「洗えば大丈夫よ。」
「三門さん、ここを掃除するのは一体誰でしょうか。」
「アキラお願い。」