冥帝の万華鏡
(私は、この状況を打開できる切り札を持っています。しかし、相手もそのことを知っています。その切り札を使うには少しばかり相手の注意をそらす必要があります。無理にとは言いません、もし協力してくださるなら、今から瞬きを連続して三回してください。)
これは願っても無いことだった。そもそも捨て身の特攻などもとより考えていたことだ。相手の注意を知らすことぐらいどうと言うことはない。
最も、相手の注意をそらしたその後に俺が生きているかどうかは全くの別問題なわけだが。なに、「案ずるよりも生むが易し」と言う諺があるくらいだ、やってみないことには始まらない。俺は覚悟を決め瞬きを三階連続でしてみせた。
(ごめんなさい)
俺のその決断を受け取ったのであろう。少女は、またあの頭に響く声で、今度は非常に申し訳なさそうな声でそう言った。
そんな風に言われたら、俺としては絶対に引き下がるわけには行かない。例えここで死ぬとしても、ここで引き下がってしまうよりは十二分にましな決断だ。
俺は覚悟を決め、俺に真っ直ぐ銃口を構える男を見据えながら右足に力を入れ、そして、右側に転がるのと同時に大声を上げた。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「少年、君はもう少し懸命だと思っていたのだがね。」
俺が動くのと同時。中年男性の冷めた声と風を切る微かな発砲音が路地に響いた。だが、撃って来ることを覚悟して動いたのだ、ある程度の対応は出来る。俺の元居た場所に向けて放たれた銃弾は当然回避し、回避先を予測して発砲された弾は運よく学生服の風穴だけを一つ増やす程度で済んだ。唐突に大声を出したのも功を奏し、男達の注目は一瞬で俺のほうに向けられた。彼女がどれだけの時間が必要なのか分からないから判断の使用は無いが、それでも結構な隙を作ることには成功した。流石に相手も俺が動くと想定して撃ってくる銃弾を避ける自信は無い。後は死ぬも生きるも彼女任せだ。
「十分!」
男達の注意の逸れたその一瞬の隙に彼女はそう叫ぶと、その途端猛烈な風がその路地を襲い始めた。いや、風と言う表現は不適当かもしれない。その勢いからするにこれは竜巻だ。現に今まで銃を構えていた男の内二人は俺の視界外に吹き飛び、後の三人も唐突に吹き荒れる暴風に体勢を崩して倒れこんでいた。背後に居た、取り巻き立ちもそれは同じだった。あるものは近場の鉄骨にしがみついて吹き飛ばされまいと堪え、またある者は完全に吹き飛ばされて俺の視界から消えうせ、さらには、地面に必死でへばりついている者も居た。
こんな暴風が吹き荒れているというのに、不思議なことにその暴風は彼女はもとより、俺にすら一切吹き付けることは無かった。
「くっ!まさかかんな短時間で・・・、撤収だ、こうなってしまっては勝ち目は無い!」
風に翻弄されている男達のさらに奥。吹き飛ばされまいと電柱にしがみ付いていた中年の男性が大きく叫んだ。その声に従い、近くの者にしがみ付きながら黒服の男達はゆっくりと後退して行き、最後には男達全員が闇の中へと消えていった。
少女と二人路地に残された俺はあんまりな出来事に唖然としていた。病院のベットで無傷であることに気がついた時から、彼女は普通ではないと思ってはいたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。魔法使い、超能力者。そんな単語しか彼女を表す言葉は思いつかない。
「ふう、一時はどうなることかと思ったけど。ありがとう、助かったわ。」
大きくため息をつきながら、少女は俺に微笑みかけていた。俺はと言えば、いまだ頭の中の整理が出来ておらず、だらしなく口を半開きにさせて放心状態になっていた。
「ああ、えっと、その。」
彼女は俺が状況が理解できていないと察したのか、上手く説明をつけようとしつつもなかなか上手い説明のしかたが思いつかないと言った感じでこめかみの辺りを人差し指で掻いていた。
「そう言えばあなたの家はここの近く?ここは人気もないし暗いから、話の続きはあなたの家でしましょう。」
彼女は手を胸の前で叩き良いことを思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
出会ったばかりの女の子を家に連れ込むのはどうかとも思ったものの、それ以外に妙案があるわけでもなく、あんな出来事の後にこんな暗がりに居たくないという思いも相まって、俺は彼女の提案を受け入れることにした。
俺の暮らしているアパートには、それから十分ほどしてたどり着いた。道中、何か話しかけられるかとも思ったが、彼女は周囲の警戒に忙しいらしく、別段会話を交えることは無かった。
「へぇ、ここがあなたの家か。」
俺のやたらと殺風景な部屋を興味深げに見渡しながらそう呟く。
「特に何も無いけど、ああ、そこの椅子に座ってて、今お茶入れるから。」
適当に彼女に座るように促し、すでに出がらしとなった玄米に湯を掛け、申し訳程度に緑掛かったお湯を二つ湯飲みに注いで、彼女を座らせた居間兼寝室へと運んで行く。
「さて、何処から話したら良いんだろうね。」
ほとんどさ湯の玄米茶を無感動に啜りながら小さくもらす。それに対して返す言葉を持たない俺は、ひたすら玄米茶を啜っていた。
「そう言えば、お互い自己紹介がまだだったね。私は・・・、あー・・・、えっとね、銀の娘って言うんだ。」
「それ名前?」
思わず突っ込んでしまった。
「なんて言ったら良いんだろうね。私ね、記憶が無いの。ああ、記憶が無いって言ってもそこまで悲観視はしてないよ。ただ、自分の名前がね、分からないの。」
なるほど、だからあの中年の男が彼女を呼んだときの呼び名を名前代わりに言ったのか。そこでようやく合点が言った。
「覚えているのはね、『冥帝』って言う言葉だけ。もしかしたらそれが名前なのかもしれないけど。」
「くらき・・・みかど?」
「そう、冥帝。冥府の冥に皇帝の帝。それで冥帝。」
口頭で説明しながらこういう字だよと、彼女は部屋に落ちていた適当な紙に鉛筆で冥帝と書いていった。
「なんかの称号とか、渾名とかそんな感じだな。ああ、俺は藤崎亮。」
字はこう書くと、彼女が先ほど字を書いた紙に俺も漢字を書いていった。
「ふ〜ん、アキラって言うんだ。さっきはありがとうね、アキラ。」
俺の名前を聞いた彼女は、何やら非常に嬉しそうに微笑んでいた。
「な、なんだよ。ま、まあ、お前も名前が無いと呼び辛いしな、音だけ取ってこうしたらどうだ。」
俺はそう言って、先ほどの紙に再び字を書いた。
「倉木・・・三門?」
「ああ、名前っぽいだろ。」
単なる当て字だったが、俺は少し得意げに言って見せた。なんてことは無い、単なる虚勢だ。
「うん!すごく良いよこれ、気に入ったよ。これから私の名前は倉木三門。よろしくねアキラ。」
三門がなんとも嬉しそうに、その綺麗な銀色の髪を宙に舞わせながら小さく飛び跳ねて喜んでいた。その姿は、とても子供っぽく、俺が入院直前に見たあの威厳に満ちた姿とはまた異なっているような気がした。
「それで、三門、どうして気味はあんな物騒な連中に追われてるんだ?」