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Ramaneyya Vagga

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 「だから氷が溶けて動けるようになったらすぐに逃げないと積み荷ぜんぶもってかれるだけじゃすまないぜ。きっと殺されるんだ」
 キャプテンは大麻パイプ片手に考えてたけど、よっぽど俺が仲間を見殺しにしたのが許せなかったんだろうな。顔を赤くして首を振った。
 「裏切り者の忠告なんぞ信じられるか。さあ、早く出ていかんと耳を削いでやるぞ」
 そう言って部下に命じてまた俺を追い出した。でも、まああの様子だとかなりびびってたな。氷が溶けたら一も二もなく逃げ出すだろう。大丈夫だろ。
 ワウリはまだ若いけど、将来はこの村の英雄になるのではないかと思う。ワウリと歩いていると街のみんなが挨拶していく。それも楽しげに、嬉しそうにだ。ワウリと付き合いだしてから村の連中の態度が変わった。やけに親切になった。食い物を分けてくれたりしたし、村の男はパールラヴィに近寄らなかった。ワウリの漁師仲間たちとウォッカを飲んだんだけど、口をそろえてワウリを褒めそやした。
 「あいつは男の中の男だべ。ばかでかい雄トドを九十六頭捕った。あいつの親父は二百頭以上捕ったけど、ワウリはこの記録もそのうち抜くだろべな」
 俺はワウリのトド狩りの腕のほどは実際に見たことがなかったけど、誠実で剛胆なところは知ってたから、その通りだと言った。あいつなら、悪辣なロシアやヨーロッパの商人どもと戦い、奴らに己が馬鹿さ加減を思い知らせることができるだろう。ワウリは確かにこの部族の長だった。
 村の連中が言うにはもう春になったはずなんだけど、風が強くて相変わらず寒かった。俺もパールラヴィも暇を持て余し、セックスばかりしてた。俺が船を追い出されて一ヶ月くらいたったころかな。朝だった。それもまだ真っ暗なくらいに早朝だった。この村では冬はほとんど一日中真っ暗だ。今は春先だからまだ日照時間は長くなってきたけど、それでも太陽が出るのはようやく九時くらいだ。だから、四時くらいだったかな。
 ワウリが部屋に来た。俺たちはウォッカを飲んで夜遅くまでセックスしてたから裸でトナカイの毛布にくるまってた。俺はトナカイのガウンを羽織ってドアを開けたんだけど、いかんせん寝ぼけてたので陰部が丸だしだったらしい。ワウリはぎょっとなった。
 「す、すまねえだ」
 ワウリは彼らしい礼儀正しさで俺に背中を向けた。背中を見せるのは、ネネツの男の最高の詫びの印だった。つまり、殺してくれてもかまわないという意味だ。俺とパールラヴィの秘め事のまっただ中に闖入してしまったとでも思ったものか。それにしても大げさだな。しかしワウリって結婚してないけどまだ童貞なのかな。いやそんなことはないだろう、村の女どもが放っておかないだろう。
 「いや、俺こそすまん」
 俺は前を隠してワウリの肩を叩いた。
 「何事だよ」
 「今日はいい日和だべ。トド狩り行くべえ」
 ワウリは俺に背中を向けたままだった。パールラヴィのことを気遣っていた。俺がベッドの方を見ると、彼女はまだ服を着ている最中だった。
 俺は窓を見た。なるほど雪も降ってなければ風もない。トド狩り日よりってわけだな。ようし、一丁やってやろうじゃないか。
 「いいけど、いますぐか」
 「んだ。ほんとはまだ早いだけど、村のみんなに気づかれんようにせにゃならんで」
 「そうだな」
 パールラヴィはのろまじゃなかった。すぐに防寒体制を整えた。俺もトナカイの毛皮にトドの毛皮を張り合わせたコートを着て、みんなでまだ暗い街へ出た。
 トドは、巨大な海獣だ。体重は人間で最大のワウリの十倍にもなる。それにあの牙だ。でかいものは一メートルを超えるそうだ。牙は海底の貝を掘るのに使うらしいんだけど、もちろん戦闘用でもある。トド漁師があの牙に突き刺されたり、圧倒的な体躯にぺしゃんこにされたりして死ぬのは珍しくない。一対一で、武器もなしで人間が立ち向かえる相手ではないんだ。トドと戦うには智恵がいる。勇気もいるけど、道具なしには到底かなわない。
 ワウリはすでに港にトド狩り道具一式を運んでくれていた。俺たちはこれらの道具の扱いを前もってワウリから教わってはいたけど、彼は改めて俺たちにひとつひとつ確認させた。トドに打ち込む銛だ。トドの牙を磨いて返しをつけてある。深く刺されば絶対に抜けることはない。これにはロープがついていて、浮きが三つついている。そして突いたトドを引き揚げる金具付きロープ、それからワウリのとっておき、トドの爪をつかったトド騙し。こいつで氷をがりがりやって自分たちはトドなんだと言い張るのだ。銃はワウリが一丁持ってたんだけど、銃声ってのはとにかく人を驚かせるからな。やめておいた。これは秘密のトド狩りなんだ。
 そのうちどこからか犬が走ってきた。ワウリの犬だ。白毛に茶色い縞が入った、ワウリに負けず劣らず巨大で見事な犬だ。名をバツといった。まさに人中のワウリ、犬中のバツといったところ。元気も元気、口を大きく開けて尻尾をぶんぶん振り回しワウリに飛びかかっていた。こいつは頼もしい仲間だ。
 「可愛い!」
 とパールラヴィがバツとじゃれてる間、俺とワウリは大麻をパイプにたくさん詰めて火をつけた。
 「船なんかほとんど役に立たないんじゃないか」
 俺はワウリのトド皮張りのボートを見た。立派なもんだけど、なにしろ海はほとんど一面氷づけだからな。
 「んなことねえだ。トドのいる入り江はずうっと先だ。まだ暗いだで、巣まで行かねばなんね」
 ワウリは言ってパイプに吸いついた。相変わらず惚れ惚れする吸いっぷりだ。
 「巣ってなんだ」
 ワウリはしばらく息を止めて吐き出した。真っ白い息だったけど、奴の肺は煙をあらかた体に取り込んでしまったはずだ。
 「崖に囲まれててトドしかいねえところだ。そこでたくさん固まって寝てるだ。普段は危ねえから巣まではいかねえ。でも、仕方なかんべ」
 「危ないだと?」
 パールラヴィがバツと一緒に走ってきた。
 「私も頂戴」
 俺は彼女にパイプを渡した。
 「そりゃ危ないだよ。二百頭からいるだで。牙にしたら四百本だで。考えればわかるべ?」
 俺はこんな話は聞いてなかった。せいぜい十頭くらいの群が氷の上で休んでるところを襲うのだと思ってた。
 「ばっか野郎、そんなところにパールラヴィを連れていけるか。先に言えよ」
 俺はパールラヴィが息を吐くのを待ってから言った。
 「おい聞いただろ、今日は宿に帰れよ。二百頭のトドなんか見たらいくらおまえでも失神するぜ」
 「いやよ、ぜひ見てみたいわ」
 駄目だ、パールラヴィは一度決めたら退かないフラッパーだ。俺は無駄な力を使いたくなかった。これから四百本の牙と戦うんだからな。
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu