小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Ramaneyya Vagga

INDEX|47ページ/79ページ|

次のページ前のページ
 

 なるほど、この男は馬鹿じゃない。それどころか、かなりのインテリだ。ちゃんとわかってる。確かに、ヨーロッパ人に自由にトドやトナカイを捕らせてたら自分たちのぶんがなくなるだろうな。
 「だがなワウリ。俺たちはなにもたくさん捕って船で運んで売ろうってんじゃない。あと二ヶ月食うだけのトドの肉があればいいんだ。そこんとこ、わかってくれねえかな」
 「駄目だ。おらはこの村の族長のせがれだで、みんなの手本にならにゃいかん。おらが掟を破ったら、ほんに、鬼神に申し訳が立たんで」
 聞いていたパールラヴィはじれったそうに口を挟んだ。彼女も少し英語を話せた。
 「それなら内緒で捕ればいいじゃない。他の人にばれないように、あんたとアーナンダと、私だけで」
 ワウリはさらにびびってた。パールラヴィもトド狩りをしたがってることにだ。ネネツ人の女でもトド狩りは恐れるんだろう。
 「馬鹿こくでねえ。トド狩るのは大変だ。女の仕事でねえだ。おめえはトドの恐さを知らねえからそんなこと言えるだ」
 「だがなワウリ、彼女はつい先日、俺と一緒に氷の海を泳いで海賊から逃げてきたんだぜ。トドと戦うくらいの度胸は持ってるよ」
 俺はそう言ってやった。だがワウリは首を左右に振った。
 「とにかく一族の鬼神を裏切るわけにはいかねえだ」
 パールラヴィはあきらめなかった。
 「なによ、けちね。そりゃあここのトドはあんたたちのものかもしれないわ。私たちは確かによそ者よ。ここに一生住み続けようとは思ってないんだもの。でもこの土地の美しさは知っているわ。トドの群が入り江に休んでいる様の美しさも。私たちなら、あんたのいう一族の神さまに失礼がないようにトドを狩り、食うことができると思う」
 パールラヴィのこの言葉は利いた。誠意もあった。ワウリは涙さえ浮かべていた。素朴でいい男だ。
 「う、ん。仕方があんめえ。客人を飢え死にさせたりしたら、逆に鬼神も怒るかもしれねえ。トド狩り、おらが連れてってやるだ」
 「そうこなくっちゃいけねえ。ワウリ、おごるぜ」
 俺はウォッカを一瓶頼んでみんなで飲んだ。もっとも、ワウリの店のウォッカだけどな。それから大麻を勧めると、ワウリは自分でつくったというトドの牙のパイプを持ってきた。見事な逸品だった。
 「おらも大麻は好きだで、ありがたくもらうだ」
 そう言って、ワウリはそのトドの牙のパイプで豪快に煙を吸った。
 ワウリがこの村の族長のせがれというのは、本当のようだった。ワウリに呼ばれて彼の家に行ったんだけど、立派な家だった。石を精巧に積んでつくったその建物は、ずいぶん古いもののようだったけど、どこか威厳があった。庭に立つ二つの塔は、この家がネネツのこの一族の主である印だ。
 「みんなには内緒だけんど、親父と鬼神には報告しとかにゃならん」
 ワウリはそう言って、俺とパールラヴィを家に入れてくれた。ワウリの親父さんってのが、またでかかった。白髪混じりだけど、この体躯ならまだまだ現役でトド狩りができるだろう。英語ができないんでワウリが通訳してくれたんだけど、まあ歓迎してくれてるようだった。トドの干し肉と地酒を勧めてくれた。
 「親父が言ってるだ。いいか、よく聞くだ」
 親父さんはなんだかさっぱりわからんことを言った。ワウリが通訳した。
 「おらたちはトドをたくさん捕ってきただ」
 「おめえたちはよそもんだけんど、一頭や二頭捕っても別にかまわねえとは思う」
 「だどもまず鬼神におうかがいせねばなんねえ」
 「いまからかあちゃん呼ぶだで、おめえら気を落ちつけて、一緒に鬼神に聞くだ」
 ワウリはそんなふうに通訳した。俺はよくわかんなかった。俺はパールラヴィとひそひそ話した。
 「なんだって?」
 「だから、いまから私たちがトドを捕ってもいいかどうか鬼神さまにおうかがいするのよ」
 「なんだと? かあちゃんってのはなんだ」
 「だから、きっとワウリのお母さんが鬼神さまを降ろすのよ」
 「降ろすってなんだよ」
 「神がかりするのよ、きっと」
 ふーん、神がかりか...大丈夫かなあ。
 そのうちワウリのお袋さんが部屋に入ってきた。やっぱりでかかった。きれいに織ったトナカイの毛の織物を着て、なんの動物の毛かわからないけど赤い毛を装飾した帽子をかぶって、なるほど威厳がある風情だ。
 「アーナンダ、かしこまるだ」
 ワウリに言われて、俺は居住まいを正した。なんだかよくわからんが、真剣にトドを狩りたいんだって気持ちを見せればいいんだろ。
 お袋さんはなんにも言わなかった。みんなで大麻を回し吸った。それからお袋さんはゆっくり踊りだした。俺とパールラヴィはそれなりに真剣だった。じっとこの舞を見ていた。
 ワウリが太鼓をゆっくり叩いて、親父さんはトドの牙でつくった笛を吹いた。うーん、なんだか妙な感じだ。大麻も効いてきたんだけど、お袋さんの舞は見事なもんだった。静かに動き、少しずつ少しずつ動きを大きくしていく。一時間くらいたったのかな。俺たちは舞に見とれていたんだけど、そのうちお袋さんはトド牙パイプを片手に俺たちに近づき、まず思いきり息を吐くと、それから思いきり煙を吸い込んだ。それこそ思いっきり。そして肺にためた煙を俺の顔にもろに吐きかけた。俺は口を開けて、煙を吸い込み、肺にとどめた。なんだかこうしたほうがいいと思った。そういうことなんだろうと思った。後でワウリに聞くと、これは正しい作法だった。パールラヴィも煙を顔にかけられ、俺と同じように吸った。
 お袋さんの目を見ると、これはもうやばかった。確かに神がかりしてた。俺たちに煙を吐いてから急に踊りが速くなった。ワウリも合わせて太鼓の拍子を速くしていった。そうしてお袋さんは突然止まった。ワウリと親父さんの演奏もぴったり同じタイミングで終わったんで驚いた。
 それで、お袋さんはネネツ語で結構長くしゃべった。でも目はもう現れたときと同じ、優しい目に戻っていた。不思議だ。
 ワウリが嬉しそうに通訳してくれた。
 「鬼神のお許しが出ただ。腹が減ったぶんだけ、捕ってもいいって言ってるだ」
 ふう、俺たちの誠意はまあ伝わったってわけだな。ともかくワウリの家族に嫌われなかったのは確かだな。
 「楽しかったわね」
 パールラヴィはほんとに楽しそうな顔をしていた。冗談じゃねえ。俺は緊張してひやひやもんだったぜ。ネネツの鬼神を舐めたらいけない。もしこの土地の主である奴を舐めたなら、きっとトドに食い殺されるんだ。ワウリのお袋さんが舞ってるときの目を見たか? ワウリは訳さなかったけど、きっと、鬼神はそう言っていたんだ。半端な覚悟でトドを狩るなら、死ぬだろうってな。
 しばらく風が強くて、トド狩りには行けなかった。海は相変わらず凍っていて、俺が乗っていたイギリス船と、パールラヴィが乗っていたフリゲート船はまったく動けなかった。俺はパールラヴィに聞いて、海賊がイギリス船を襲うだろうことを知っていたから、キャプテンに知らせに行った。初めはなんで顔見せたとか裏切り者呼ばわりされたりでほとんど話も聞いてくれなかったんだけど、事が自分たちの生き死にの事だけに少しは考えた。
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu