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Ramaneyya Vagga

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 「一国一人の時代じゃあるまいに。ぼくの風采があがらないことなんか、ぼくが知らないわけがないじゃないか。人を馬鹿にするもんじゃないよ、もう少し深く人を洞察するんだね、看護婦たるもの。ああ、ぼくは髭をそって整髪するのが面倒だよ。でもだからって、苦しむ人が救いを求めたときに、助けに行くことを面倒だとは思わないだろうね。なぜって、それは大事なことだからさ。ぼくの髭面を見て気が狂ってどうにかなってしまう人がいるだろうか? 自殺したいまでに? まさか。ぼくは今朝、髭を剃る時間をはぶいて、ここで働くことについて考えていたよ。勤めることになったら、なにをしようかってね。患者さんたち全員に挨拶。こんにちは赤池六郎太です。どうぞお友達に加えてください。外からやってきました。太陽と海の国から、みなさんへ叙事詩を歌うために。ぼくは地球儀を病室にひとつずつ置こうと考えているんだ。この病院の周辺の住宅地図とね。ほらゼンリンの。もっとも、この病院の地図がいちばん先に必要なんだけど。体の中と外について、まず慣れるのがいいんじゃないかと思うんだ」
 すると看護婦は憤然とした様子で、なんにも言わないで、部屋を出ていってしまった。ぼくはここでも別に演技をしたりするつもりはなかった。ぼくの人生の目標は、できるだけリラックスすることだ。でも婦長の吉田さんはどこへ? ぼくは彼女が面接をしてくれるものだとばかり思っていた。院長の遠山先生という人の写真は、体重100キロはありそうな二重顎の、カバみたいな、そして顔は岡本信人みたいな冷たい無表情で、ぼくは好きにはなれそうになかった。
 しばらく待っても誰も来ないので、ぼくはジョイントを吸って、灰皿がなかったのでティシューで包んで火種を消し、残りはポケットへ。ぼくが手のひらで煙をあおって匂いを必死に散らしていると、遠山院長が現れて、そして実物の彼は、やっぱり好きにはなれそうになかった。彼はぼくから履歴書を受け取り、言葉少なに、トドみたいな声で、二、三質問をして、ぼくをじろりと睨むのだった。いやな見方だった。
 「26歳、現在無職、定時制高校中退、職歴は接客業少々、産業工場勤務少々、そしてきみが強調したいのが、芸術活動、文筆活動、だね。自宅での。相違ないね」
 へえ。簡潔で、ちゃんとしたまとめかただ。頭の悪い人ではないらしい。
 「はい、そうです」
 「私も若い頃は、作家を志したことがあるよ。森はどうかね、島崎は」
 ぼくはふたりともまったく読んだことがなかったが、この人が文学に理解があるなんて、思ってもみなかった。明るい気持ちになった。思ったよりこの院長はいい人かもしれない、と思った。それで読んだことはないが、誰もが尊敬しているし、すばらしい作家だったんだろうと思う。いまあがったふたりに限らず、古典ももっと読みたいし、読むべきだと知っている。ぼくもいつか、いいものを書けるようになりたい。そしてここでの仕事は、ぼくの文学のためにもなるだろうと思っている、とか言うと、彼は原稿用紙を机の引き出しから取り出して、
 「うん、きみは風采はあがらないが、なかなか率直でよろしい。うちはアルバイトをとるときにも論文を書いてもらうんだよ。きみには幸運だったかもしれないね。原稿用紙五枚以内で、書いてくれるかね。テーマは、そうだね、現代社会と就労、にしよう」
 と言うではないか。なんてこった! なんてついてるんだ、ぼくのいちばん得意なことで審査されるなんて!
 「じゃあ時間は、40分にしよう、書けそうかね」
 「はい、書けます」
 婦長の吉田さんはもちろん、院長の遠山先生も悪い人ではないみたいだ。そしてぼくの洞察に富んだ論文。完璧じゃないか。採用決定だ。やった、ついに借金とおさらば、悩めるここに入院する兄弟諸君、明日からよろしく。さてまずスタイルだ。書く内容は、普段から深く考えていることなんだから、ことさらに決めなくても勝手に出てくる。そうだな、やはり自由がいちばんだ。複雑なことがらを短い字数で書くんだから、省略に次ぐ省略。そしてぼくの日常を織り込んで、リアリズムで。


 最終回 幻視
       充分に吟味して

   現代社会と就労     赤池六郎太
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu