小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Ramaneyya Vagga

INDEX|34ページ/79ページ|

次のページ前のページ
 

 「あらそう、いつだったか、セックスがすごく楽しいんだとか言って、私を妬かせたじゃない。私はそれなりに気分が悪かったわ。いいえ、妬かせようなんてつもりじゃなかったなんて、ずるいわよ。ええそう、あんたはいつもそう言うわ。ただそう思ったから言ったんだって。でも六郎太くん、どこでもなんでも言っちゃう人のことを、最近では馬鹿って呼ぶのよ。いいえ、私は六郎太くんが馬鹿だって言うんじゃないの。ただどこでも同じように振る舞うなら、あんたはこれからもっと傷つくし、あんたとつきあう人間は、傷ついていくのよ。そしてどこでも正直に行動してしまう人のことを、最近では気違いって呼んでいるの。あんたはそのうち、気違い扱いされるわよ。あたしは、あんたがまじめでいい子だって知ってるわ。あんたを気違いだなんて呼んで馬鹿にするようなやつは、ひっぱたいて、あたしのあの銀のスカッシュシューズで蹴とばしてやるわ。でもね、かわいい六郎太くん。あんたいまはまだ元気で、明るいけれど、そのうち、泣いて暮らすような、そんな毎日になるんじゃないかって、私は心配しているのよ」
 そうびびらせないでよ、高野さん。マリコさんのことは悪かったよ、きみのほうが、何百倍もぼくを愛してくれていることを、ぼくは知っているよ。まあ任せておいてよ、あさっての面接、きっとうまくやるからさ。
 図書館でスズとばったり。ぼくが、ドストエフスキーでも読んでみようと思ってね、というと、彼は、古典かい? いまさらどうしたっていうんだ、殊勝なもんだね、勉学家ってのはまあきみのことだよ、ぼくはきみほどまじめじゃなくってね、彫刻の古典なんて、勉強しようとは思わないよ、ぼくは機械に興味があるのさ、ストーブのメカニズムにね、などと言った。ぼくはドストエフスキーを二冊借り、スズはストーブの図鑑を二冊借り、そのままスズの部屋へ行った。彼はコーヒーを自分で入れてくれ、と言った。ぼくは言われるままに熱いコーヒーをふたつ入れて、勝手に飲んだ。TVを見た。海外ドキュメンタリー。インド避妊事情。
 「高野さんがそんなことを? それできみはあしたお洒落して、帽子をかぶって、マフィアのボス気取りで新宿まで行こうっていうのかい? 無敗のウェルター級チャンピオンになったつもりで? なあ六郎太、そりゃ高野さんはいいさ、あの人はそういうの、得意だろうさ。さまにもなるよね。でもきみがさ、いいかね、きみがだよ、ほらこれ一本やるよ、ライターそこ。きみがね、例えば帝国将官だとか、ゲシュタポ隊長だとか、そんながらかい? きみみたいにとぼけたファシストがいるとはぼくには思えないよ。いやきみがぼんくらだなんて言うんじゃないよ、もちろん。ただきみはきっとへまをやる。慣れない、人をさげすみ、圧倒する、揺るぎない自信を全身にたぎらせて、残忍な殺戮者に、きみがなれるか? 面接なんだって? たんに強気に? いやこれは詐欺だろう? きみは人を騙すのだろう? だったら、こちらも真剣にならなくてはいけない。それが礼儀というものだと、ぼくはおじいさんに教わったよ。思い出せよ、ほらきみがあの絵描きの、なんだっけ、マリコさんとかいう人とつきあってたとき。きみはセックスの経験豊富な、いかしたプレイボーイを気取って、ひどい目にあったじゃないか。気取ってない? そうかな。きみは高野さんに妬かせて、彼女に一緒に住もうと言わせたかったのかと思ってたけどね。わかったよ、ぼくの深読みだ。そういうことにしておくよ。とにかく、きみは狡猾にはなりきれない、生真面目な男なのさ。自信に溢れたチャンプになって面接におもむくがいい。きみのぎこちない演技は、面接官をとまどわせ、馬鹿にされて、即追い返されるのが落ちなんだ。六郎太、こうは思わないか。つまり、人間は、まだまだ良心を忘れたわけではない、とね。太古には生きていて、いまは死んだように見える、あの純粋な愛情というやつだよ。助け合う心さ。ぼくは、非情なように見える面接官であろうとも、この記憶がなくなってしまったとは思わないね。わかるか。情に訴えるんだ。きみは金がない。それはなにも、きみが才能がない、自堕落な男だからってわけじゃない。いいかい、いまからきみは喘息持ちだ。そら、咳してみなよ。ほら、咳だって。そうそう、いいぞ、ほら見なよ、こっちのほうがずっときみにはさまになるんだ。きみは喘息がひどくて、まともに働いてはこれなかったが、ようやく少し回復して、いまこそ社会に役立ちたいと燃えている、健気な青年なんだ。きみの母親はならず者にもてあそばれ、捨てられ、アル中になって、胃潰瘍で二年前に死んだ。もう履歴書を? お袋が健在だって? なんてこった。じゃあ母親の話はいい。それよりきみはいまから一睡もしてはいけない。ぼろぼろになって面接を受けるんだ。そう、悲壮な面もちで。20年喘息に苦しんだ男というのは、さもありなんって面もちでさ。いいかい、ぼくがいまから今夜、いやそれどころか一週間だって眠れなくなってしまう、恐ろしい話をしてやるよ。よく聞くがいい。ぼくは学生時分、絵画サークルのパーティへ行ったんだ。ミチルっていう酔っぱらった男が、ぼくに話しかけてきた。いままで見たこともないような醜男。彼は、アキオっていう、顎がない、真四角の顔の、小太りの、気味の悪い男を指さして、彼がヌードモデルやってくれるから、デッサンしないかって言うんだ。アキオはぼくのところへやってきて、やあ鈴木くん、ぼくはアキオ、でもアッキーって呼んで、なんて言いやがるんだ。ぼくはもちろん、こんな醜い男を描く気になんかならなかった。でもぼくはそのとき完全に石になっていて、そしてこのふたりにすっかり恐怖していて、断ったら殺されるかもしれないと思ったんだ。それで別の部屋へ連れていかれ、アキオは裸になり、ぼくは鉛筆をふるわせながら、彼の真っ白い肉をデッサンさせられたんだ。ミチルも一緒にね。すると、アキオは、その肌とは違ってナスみたいな色の男根を、みるみる勃起させていくじゃないか! ミチルは鉛筆を置いて、唐突に椅子から立った。なにが始まるのかとぼくは息を呑んだ。彼は、ミチルは、電気を消したんだ! ぼくは冷静を装うのに必死だった。ミチル、明かりがないと、描けないじゃないか。でもミチルもアキオもひとことも言わないんだ。ぼくには、カーペットの上を歩いてくるふたりの足音だけが聞こえて来るんだ。ぼくは恐怖しながら、笑ってみせることしかできなかった。アッキーが見えないよ、ねえ、ってね。そうしてふたりはぼくの体に触ってきて、あの醜いふたりの男がぼくにまとわりついて、ああ、ああ!」
 ぼくはスズになんとも言ってやることができずに、ただTVを見て、コーヒーをおかわりした。今夜寝れないのは、きっとスズの方だ。頭を抱えて、うなだれてしまった。ぼくは彼の分もおかわりを入れてやり、彼の隣に座って、カップを渡してやる。
 「飲みなよ。いいかもね、ぼろぼろになって面接に行くのはね」
 「ああ、そうだとも。きみが採用されるんなら、これしかないよ」
 スズはカップを受け取り、ずるずるすすって飲んだ。
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu