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Ramaneyya Vagga

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芸術家の就労


 第一回 そのうち、泣いて暮らす
       ストーブについて考えて

 長らく借金暮らしだったけど、もうそろそろ、買いたいものも買えないのはこりごりだ。つまり、ぼくは食いたいものを食いたいときに調達し、住みたいところに住み、行きたいところへ行きたいときに行きたいのだ。コジーンの家へ行く。コンピュータをしばし借りる。ウェッブのアルバイト情報を検索。彼がアドバイスを与えてくれる。
 「いいか六郎太、ここが肝心だ。いまきみはスタートラインにいる。いまきみは自由だ。それを疑うな。いまきみは生まれたての、赤ん坊なんだ。どんなふうに自分を持っていくこともできるんだぜ。どうした、もっと嬉しそうな顔しろよ、ほらジョイントでも吸えよ。いいか、ここが肝心だ。おまえはどんな仕事も自由に選ぶことができる。びびるな、おまえに資格がないって? だからどうした、嘘をつきゃいいじゃないか。大丈夫だ、証明なんかいらない。おまえタイピング速いじゃないか。物書きなんだからな。コンピュータで行け。ほら、キーワード、コンピュータだ、よしよし。そら見ろ、仕事なんか、ほうれ、山ほどあるじゃないか。おまえは受かる。どんな鬼の面接官だって、おまえのそのゆで卵みたいな肌と、男らしい顎のラインにいちころさ。馬鹿を言うなって? おれはいつだってまじめだぜ。知らないな、おぼこちゃんめ。男はだれもが、ホモセックスを望んでいるのさ。想像力が足りないだけなのさ、わからないとか、いやだとか言う連中はな。例えばスズを見ろよ。あいつは女のいない時期なんてないやつだと、誰もが知ってるだろ? でもあいつがこしらえたあの、木彫りの腕を思い出して見ろよ。あの手つきを。あの指の形、気づかなかったか? ほらこう、こんなふうにさ。ありゃあ握っているのさ。それも、相手の男のをな。あの角度、あの微妙な指の配置、おれは息を呑んだね。確かにあれは傑作さ。やつの心の奥底からやってきてる。脳のなかから飛び出してきちまったんだ。あいつはもちろん、それには気づいていないと、言い張るだろうさ。おまえと同じようにな。だがな、例えばおれは、六郎太、おまえと寝ることだって、想像してみることがあるんだぜ、そのときおれはな、おお、見ろよ。経験不問、あるじゃないか。いいじゃないか。そらメール送っとけ」
 それでウェッブ制作会社の、テキスト入力の仕事に応募した。めんどくさかった。履歴書は大嘘を並べ立てた。どうせ、正式な学歴もすでに覚えてない。職歴なんてないに等しい。ぼくはずっと本を読んだり、女と寝たり、旅行したり、石になったり、コーヒーを飲んだり、タイピングしたり、メモしたり、本屋のカウンターに突っ立ったり、ダンボールを押したりしていただけなのだ。
 高野さんの部屋へ遊びに行く。彼女はコーヒーを入れてくれた。
 「あんたが働く気になったなら、そりゃおめでたいことだわ。私はあんたが好きよ。でも食べさせてあげることなんて、できないものね。悪いから? そう、喜んでする人がいるんなら、紐になってもいいって考えだったの? あんた。意外だわ。コジーンみたいなこと言うのね。あいつがあのほら、なんて言ったっけ、あのいけ好かない女。鼻の高い、やたらきれいなばっかりの。あの女がね、はい、とりあえず石になりなさいよ、お礼はいいのよ。あの女ったらさ、コジーンに食べ物を買ってあげたりして、部屋に泊めたりして、それがあいつのためになにか役に立つとでも思ったのかしらね。いいこと六郎太くん、人はね、誰もが自分の力で生きていかなきゃいけないのよ。ああ、あんたはそれを知っていたのだったわね。だからあんたは、ここに住まわせてくれなんて、冗談にも言ったことはないのだったわね。コジーンだって、そんなことくらい知っていて、たった一ヶ月くらいで、あの女から逃げて、実家に戻ってしまったのだったわ。ええ、あんたが毎日なにかを書いていることなんて、みんな知ってるわよ。それだけをやっていきたいんだってこともね。あんたが書くことをどれだけ楽しんでいるかなんて、あんたの名前を知っている人なら、あんたの名前と同時に、思い浮かぶことなんだもの。でもあんた、本出す出すって言ってて、ちっとも出せないじゃない。もう出版社ふたつ蹴られて、つてないんでしょ? だったら仕方がないじゃないの。やりたくなくっても、皿を洗ったり、ダンボールを押したり、ぼけっと突っ立ったりして、いるものを買うしかないんじゃなくて? ああ、そう思ったから、面接に行くんだったわね。あさって? なんてことかしら。あんたそれで、なにか作戦は立てたわけ? あんたみたいに、一目でやる気のなさそうな、いえごめんなさいね、私はそうは思っちゃいないわよ。でも世間の人は、そう思うってことなのよ。そんなあんたが、またスーパーに牛乳買いに行くみたいに、ふらふら出掛けていって、私にジョイントねだるときみたいに、私にフェラチオねだるときみたいに、振る舞ってごらんなさいよ。ねだってないですって? そうかしら。とにかく、一発で落とされるに決まってるんだわ。あんたみたいなのは」
 ぼくが煙をためてる間に、彼女はこの半分を言い、もうひと吸いする間に、もう半分を言った。
 「きみの言いたいことも、わからないでもないよ。落とされるだろうね。じゃあ、どうすればいいと思う? ぼくは」
 「うーん、そうね、そうだわ! 私があのデパートに受かったときにはね、めちゃくちゃにお洒落してやったわ。あのぴったりなバランスの深緑のドレスを着てね。化粧も粉が吹くくらい。ストッキングは金色の、あのブランド、なんていったっけ、『金星への冒険』をはいてやったわ。デパートの売り子とは違うですって? そうかしら、同じよ、ようは、面接官にO.Kを出させればいいのだわ。そうして私は、黒い帽子も粋にかぶって、あのデパートへおもむいたの。帽子は面接の時にははずすんだけど、気分をつくっていかなけりゃ駄目なのよ。ファッションって、もともとそういうものだわ。私は女優、私はスター、銀幕の。そんな気分で、足もきびきびと、私は銀座を歩いたわ。面接はデパートの事務所の一室で、私は廊下のベンチに腰掛けていたのだけれど、そのときでさえ、背筋をぴんと伸ばして、つんとすまして、他の受験者なんて目もくれなかった。私は出番を待つパリのモード・モデルだったの。だから私の名前が呼ばれて、私は立ち上がったとき、呼び出しに来た男に、s'ilteplait,encourages-moi,soulages-moiって言ったわ。意味? お願い、私を盛り上げて、そして楽にして、かしら」
 ようするに高野さんは、強気に、自信を持って行かなければ駄目だと言うのだった。なるほど、その通りだ。ぼくは礼を言い、すると彼女が疲れた、寝ようかしら、というので、ベッドへついていき、セックスした。
 「ところであんたあの猫ちゃんはどうしたの? あのすれた感じの」
 裸のまま、爪を切りながら。
 「マリコさんのこと? とっくに会わなくなったよ。話すこともなかったし」
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu