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Ramaneyya Vagga

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 「馬鹿を申すな。あれを読むことができるのは、クムランの長か、イスラエルの王だけじゃ。それとも、汝はイスラエルの王だとでもいうのか」
 若者は微笑んだ。
 「案外と、そうやもしれません」
 「豎子、おごるなかれ」
 「なりませんか」
 「ならぬ」
 「しかたがありません。無理にでも、見させていただきます」
 「奇態な妖術でか。主は、詐術のうちにはましませぬわい」
 「近く、クムランへまいります」
 そう言って、若者は歩き去った。司長はこの激しい幻視に耐え、祭りのさなか、仁王立ちに立ち尽くした。
 ナザレの若者、若き日のヨシュアだが、彼は、次の満月の日、崖道を登ってきた。守人衆が司長に報告する。司長はアンデレに命ずる。
 「大厄である。祓え」
 アンデレはうなづく。それは、殺してもよいという意だと、アンデレは了解した。
 アーシュラムの入り口で、アンデレとヨシュアは対峙した。はじめ、アンデレは、司長から大厄と聞いたとき、もっと覇気を全身にみなぎらせた、虎のような豪傑だと想像していた。しかし現れたのは、堂々とした長身ではあるが、細面の、やたらに若いというだけの、柔和な青年であった。
 だからというわけではないが、アンデレは、姿をさらし、ヨシュアと正面から向き合った。純粋に戦闘で勝とうと思えば、隠れ、背後をとるべきだ。だがアンデレの、闘士としての誇りが、熊のように、この敵と正面から出会うことを望んだ。
 「名乗れ」
 アンデレが言うと、青年はうなづく。
 「ナザレのヨシュアです」
 この言葉が空気に通った瞬間、すでにふたりは戦闘状態に入っていた。
 アンデレは歩いて近づいた。正面から近づいて、小刀をヨシュアに見せ、ひと振りに振りつける。消えている。アンデレは全身に気を張って敵の位置を探る。西である。飛ぶ。針が幾本も飛んで地に立つ。
 このいくつかの挙動だけで、ふたりの息はすでに荒くなっていた。
 「ふん、小僧、どこでそんな業を身につけた」
 アンデレがたずねる。このような若さでここまでの業は、常にないことであった。
 「ふ、あなたほどの方が、ささいな質問をなさる。主に集中すれば、自ずから、力は得られる」
 言いながら、ヨシュアのほうでも驚倒していた。
 (クムランの伝統、これほどまでとは...これは、かなわぬか)
 アンデレはいかずちのように走って刀を舞わす。ヨシュアは滑るように足をさばいて逃げる。背後をとらんとする。アンデレが懐中の吹き矢をふり返りざまに吹きつける。そのすばやいことはまさに電撃のようだ。続けざまに吹かれた矢を、ヨシュアは二本、右の腰のあたりに受けた。倒れる。
 (たまらぬ。この老人は、主の気を読むこと完全だ。かなわぬ)
 降参した。アンデレの目を見上げる。歩いてくる。刀が握られている。
 「殺すのですか」
 「そうせねば、なるまい。許せ」
 「まだ死ねません」
 「ここへ来たのが間違いだったのだ」
 「あなたはお強い。しかし、私はだれにも負けぬ」
 「問答はいらぬ」
 ヨシュアの首を狙って、アンデレが刀を振り下ろす。それで終わったはずだった。しかし、アンデレの刀は空を切った。ヨシュアは消えた。瞬間、アンデレは顔も、体も、すんとも動かさず、気を探った。どこにもいない。
 (遁甲...ではない。消えた...馬鹿な)
 隠れたのではなかった。ヨシュアは移動したのだ。
 聖書は、そのころは司長の窟の壁内に隠蔽してあった。ナザレびとの来訪によって、司長の窟は、6人もの守人によって守られていた。
 それは、空気から現れた。司長は足を組んで座っていた。見いだす。髪の長い、白いローブを着た、右の腰が血に染まった男を。
 「背徳の徒め」
 ざわめく守人衆と違い、司長は、静かにそう言った。
 「私が? そうでしょうか。知識を求めることが、主に背くことなのですか」
 ヨシュアは答える。
 「汝のうぬぼれと、早急さのことを言っておる」
 「早急...そうかもしれません。しかし、イスラエルはいま死にかかっている。クムランも、同様なのではありませんか。急ぐ必要も、ありましょう」
 「豎子、聞いたふうなことを言う。それがうぬぼれと言うのだ」
 「ふふ、そうだとしても、そうでなくとも、私は秘密を知りたい。それだけです」
 言うと、ヨシュアは移動した。壁の中に入り込んだ。入って、聖書を封じた箱を取り出し、そのまま抱えて、司長の部屋へ戻ってきたかと思うと、現れたときと同じように、忽然と消えてしまった。守人衆が攻撃する暇もない。
 アンデレは不安を抱いた。それは確信となったので、司長の窟へ走っていた。窟に飛び込む。座って、威を正すこと変わりない、司長と、戸惑うばかりの守人たちがいた。
 「アンデレ、追え」
 「はっ」
 アンデレは舌を打った。走った。憤った。
 (おのれ、このわしを、出し抜きおった)
 風の如くに駆けて、アーシュラムを出、崖道を舞うように駆け下りる。崖道の、アーシュラムと湖との、中腹あたりで、ナツメヤシの枝茎で織った箱を背負う、あの男に追いついた。
 ヨシュアは振り向かなかった。ただ叫んだ。
 「なぜだ!」
 「なぜだと?」
 「なぜ、ならぬ。この秘密はイスラエルのものだ。クムランびとのためだけにあるのではない。私は王たらんとする。それがなぜいけないのだ。王になろうとしないで、いったい誰が王になれるというのだ。知識を求めずして、いったいだれが賢者となれるのか」
 「ふん、知らぬよ。わしが知っておるのは、おぬしが、盗人だということと、クムランの敵だということくらいでな」
 「違う! あなたはそれほどまでに主の側にいるのに、なぜわからぬ」
 「豎子が。老いぼれに説法か。無益じゃよ」
 アンデレは刀を手に歩み寄る。ヨシュアはまだ振り向かない。
 「また逃げるがいい。ナザレでも、どこへでも。おぬしがどこへ逃げようと、その書を持ち去るのなら、わしはどこまでも追っていくぞ。エジプトでも、ギリシアでも、ペルシアでも、どこへなりと、逃げるがよい。おごった豎子よ」
 「私をおごった青二才と思うか。しかし、あなたこそ、あなたとクムランびとこそ、おごり高ぶる、子供のようだ」
 「ほう、なぜだ」
 「あなたのような蛇に、どこまでも追って来られてはかなわぬ」
 ヨシュアはそう言って、はじめてアンデレを振り返る。笑っている。箱を地に降ろし、きびすを返して、歩き去ろうとする。
 「ここには秘密の知識があるだろう。私はそれが欲しかった。しかし、あなたは知らない。世界は、どこまでも広いのだ。そして主は、どこにでもおわす。知識は、イスラエルにだけあるのではない」
 「ふ、東方へ逃げ去るか。それがよい」
 「ええ、逃げましょう。しかし、私は必ず帰ってくる。あなたよりも強くなって。そしてクムランびとに、そのおごりを気づかせてやりましょう」
 そう笑う。あまりに大きな笑い声なので、渓谷に、アンデレの耳に、鋭く響きわたる。アンデレの頬を汗がつたう。
 (いましかない...いま逃せば...)
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu