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Ramaneyya Vagga

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クムラン・アーシュラム


 クムラン【Qumran】
 死海北西岸にある遺跡。付近の洞穴群から発見された古代写本を所有していた共同体の住居址とされる。(広辞苑第五版)


 1 処女ヨセフと大工のマリア

 ジョセフィーヌは活発な娘で、アーシュラム(共同村)のどこにいても目立ったし、誰からも愛されていた。
 パン工房の娘である彼女は、毎日親の仕事を手伝って、アーシュラムのみなにパンを届けるのだが、途中で幼なじみの男の子と出会えば相撲をとるし、湖を見下ろす丘へ近づけば花畑を駆け回るし、みながその日のパンを待ちわびることなどしょっちゅうであったが、近所の婆がそのことで叱ったところで、恥じらいながら可愛らしく舌を出したりするので、誰も少女を憎まないのであった。
 クムラン・アーシュラムとここで呼ぶ村は、死海を望む丘に洞穴をうがってつくった村で、エッセネ派とも呼ばれる律法主義者たちが共同生活を営んでいる。誰もが共同生活のための職に就き、ただ淡々と生活しながらも、何事かを待っているのであった。
 年16になったばかりのジョセフィーヌは、無垢な少女であったが、同時におしゃまな子でもあったので、一応、好いた男などいた。大工の息子のリアムだ。この男は、もう25にもなるというのに、いまだに父親の跡をついで家長にならないので、アーシュラムの皆にはぼんくらと言われて馬鹿にされることもある。実際、なで肩の、ぼんやりした優男であった。
 ジョセフィーヌはパンの配達が早く終わると、リアムの家、洞穴の一室だが、そこへしょっちゅう遊びに行く。するといつもリアムの母がいて、羊織物を打っている。リアムはいつも父親と仕事に出ているのだ。
 「ね、お母さま。リアムさんは今日はどこへ行かれてるんですか」
 リアムの母親は、毎度のことながら、なぜこの少女がリアムにくっついて回るのか不思議で仕方がない。
 「今日は司長さんのところですよ」
 と教えてあげたが、いつも、こう教えてやったときの、少女の飛び跳ねんばかりの目を、理解しかねるのであった。
 「司長さん? わ、見にいっちゃお」
 とジョセフィーヌはリアムの母に礼も言わずに駆け出そうとする。
 「セフィーちゃん、リアムの仕事を邪魔しちゃ駄目ですよ」
 とたしなめるのだが、この少女はほとんど聞いていない。
 「はあい」
 と背中で答えてもう行ってしまった。
 アーシュラムの司長は、すなわち村の長、司祭、神官であった。権威がある。アーシュラムでもいちばん広い洞穴に住んでいて、一般の住人が軽々しく立ち入ることはできない。ジョセフィーヌは、リアムの知り合いだからと勝手に決め込んで、司長の家を覗こうと思った。わくわくした。もちろん、単に、リアムに会えるというのもある。洞穴の狭い、薄暗い道を、すばしっこく駆けた。
 司長の窟についた。窟の中で、松明がいくつか焚かれている。ジョセフィーヌは、ちょうどしたたかな猫のように、こっそり中をのぞき見た。司長が敷き藁に座っている。小さな村でも、ジョセフィーヌのようなパン工房の娘が、司長の姿を見る機会はそうない。年に四度のお祭りのときに、火を焚く司長を遠く見るくらいだ。老いているが、磨かれたガラスのような目からは、意志の厳しさの衰えを感じさせない。その前にリアムがいる。こちらは見慣れた朴念面だ。リアムの父親はいなかった。
 「リアム......文書を......うがち......窟に......」
 司長の声が、細く聞こえる。リアムはただ頷いている。
 (なんか、へんなの)
 ジョセフィーヌは、この場の気を、少女らしい勘で、それなりに読みとっていた。
 (遊びに来ました、じゃ叱られそう)
 と、必死に知恵を働かせて、汗をかきながら、しなやかな猫のように、司長の窟を逃げ出した。
 日変わって、朝のまだきに、ジョセフィーヌの家、窟に、リアムがやってきた。一家はその日のパンを焼いているところだった。
 「あらリアムさん、どうされました」
 ジョセフィーヌの母親が言うと、リアムは弱々しくも、
 「いえその...窯の修理はいらないかと...」
 などと言う。母親が笑って、
 「あら、この通り、今日もがんばってパンを焼いてくれていますわよ。リアムさんったら、どうされたんですの...あら...」
 そのとき、窟の送風口の掃除を終えたジョセフィーヌがやってきて、リアムが少女を食い入るように見つめるのだった。
 (リアムさんったら、唐変木かと思っていたら、案外と...まあ、あら)
 母親は、母親らしい喜びと恥じらいを感じた。リアムは確かに間抜けっぽい男だが、ともかく優しそうだし、まじめなことは知っているし、娘の夫に、悪くもないなどと思うのだった。ジョセフィーヌに、
 「リアムさんですよ」
 とうながすと、手を洗っていた少女は、顔を見上げて、
 「あ、リアムさん」
 と言うが、いつも彼女がこの男の顔を見たときのような歓喜がなかった。なにか戸惑っている。それを母親は、
 (あら...これは...この子、そんなませた子だったかしら)
 と、ふたりの間に、この数日中なにかあったなどと勘ぐった。
 (ともかく、リアムさんはこの子に用があるのだわ)
 と気を利かせる。
 「セフィー、リアムさんが窯の様子を見に来てくださったのよ。一緒に裏に回って、焚き加減を見てきてちょうだい」
 するとジョセフィーヌは、
 「でも、もう掃除はちゃんとしてきたもん」
 と反発する。母親は、これはいよいよ、とますます娘の純潔をすら疑いはじめる。
 「いいから行ってくるの。じゃないと、今日はおやつ抜きよ」
 とまで言う。
 しぶしぶ少女はリアムを連れて窯の裏口、送風口を覗きに行く。
 「ねえセフィー」
 狭い窟の中で、ふたりは寄り添って、小さな声で、話し出す。
 「なんです」
 「きのう、うちに来ただろう」
 「ううん、行ってない」
 「嘘つくことはないじゃないか。母上が来たって言ってたよ」
 「......」
 「それで、司長さんの家に行ったね」
 「......」
 「私は司長さんの家の壁を直しに行っていた。でもきみ、司長さんの家には、入ってこなかったね」
 「司長さんの家には、軽々しく入るなって、お父さんにも言われてるもの」
 「でも、入り口までは行っただろ」
 「なんでそんなこと知ってるの?」
 「司長さんの家は、お守役が、守ってるからね。窟に誰が近づいたかなんて、すぐわかってしまうさ」
 ジョセフィーヌはすっかり黙ってしまった。リアムは優しくそんなことを言うのだが、少女には、耐え難く恐ろしかった。
 「別にセフィーが悪いことをしたなんて言うんじゃないさ、そんなにこわがるなよ」
 それでジョセフィーヌは耐えきれずに泣き出してしまった。しゃくりあげて、涙をぼろぼろと、土に落とした。リアムはすっかり困ってしまった。
 「いや...あのねセフィー、私はきみを叱りに来たんじゃないんだ。その...私が司長さんと話していたことを、きみが聞いたのかどうか、聞きたいだけでさ...」
 リアムは偽りのない男だ。率直に聞いた。ジョセフィーヌの正直さも信頼してのことだ。
 「ううん...よく...聞こえなかった」
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu