Ramaneyya Vagga
房中術やインドのカジュラーホ寺院にあきらかなタントリズムのごとき性儀礼が鍛冶の礼と深くつながっていることを示唆するには、もっと多くの事例を引けばより鮮明になるが、ここではあとひとつ上げるだけにとどめる。いわゆる錬金術において、ホムンクルスがある。精液をレトルトの中に四十日間密閉すると人間の形をした透明な非物質のものが生ずる。これを人間の血でさらに四十日間飼養すると、小人となる(パラケルスス『ものの本性について』)。これはすなわち冶金術の呪術的な構造を端的に語るのである。
姜一と姜斎は大いにむつみあい、鉄卵は溶け、鋳型に鋳込まれた。一日たって姜一が祭卓に載せ、土を割ると、口器はくっきりと祝詞を刻み、すすけて黒く光っていた。それはこの鉄の立方に広がって、完全に世界を内包していたのだった。姜兄弟がそろってそのさまを見るに、口器は怪異な気を発し、辺りの空間を歪めて、さながら蜃気楼のようにゆらゆらと、また沸き立つ金属のようにぐらぐらと、周囲の様相を捻じ曲げて、溶かし、流動させていた。
さてこうして鋳られた口器の中の渾敦は姜族を守るのか。好と殷軍はこの強力無比の呪禁を破ることができるのか。
第四回 姜二虎甲と大いに戦うのこと
婦好矛を投じて饕餮を招くのこと
さて井は小さな城塞である。姜人二千に満たない。正方形の城壁の一辺は五百メートルほどであり、また土を固めた城壁は堅固とは言いがたい。よって、呪禁する。禁じて固める。まず方犬である。城壁の外、四方に犬を屠って埋めた。方犬の禁は姜三がなした。姜三は犬を使う呪禁を得手とする。
注記:囲字はそのまま城塞を固めて守る意である。ゆえに、姜の城を井とした。井はもと韋であり、なめし皮の形であるが、もう一義あって(もと別の字形)、城である囗に往来する足を上下に加える。城壁を守るために駆ける意。
また方字は架屍の象で、人牲をもって四方を禁ずることを言う。方犬というのは作者の造語である。
姜斎は蛙を焼いて崋山から化蛇(カダ)の群れを招き城壁に潜めた。化蛇は翼蛇で水を吐く。これにて火を禁ずることができる。姜一はまた挙猿(キョエン)の軍勢を招いた。この猿は長い腕でよくものを投げる。
殷軍は嵜に止められていたが、この神が一陣の風とともに消えうせると強行し、わずかに一日で井城へいたった。一夜明け、こうして決戦の日となった。
さて早朝、好が井城の気をうかがうに、粛々として一分の隙も見えない。四方に鬼犬あってその鼻は姜人に殷軍の動静を知らしめ、雄たけびは殷人の勇気をそぐ。そうしてそれよりも、井城全体から発せられる奇怪な、強烈な気をこそ、好は怪しんでいた。
「虎甲、見えぬか。この怪気はなんじゃ」
虎甲に言う。虎甲も井城を眺めるに、その赤い気は尋常にない。
「また姜の野蛮な礼術か。しかし、こりゃあ常にない。娘娘、こりゃどこの神だ?」
「わからぬ。こんな気は知らぬ。胸が悪くなってくる。今度はなにを招いたのか」
好は危ぶむ。その気配は好に危険を知らせる。すなわち禁忌である。しかし好は退くことをしらない。
「虎甲、ひとあたりしてみよ」
「ようし、娘娘、まあ見ていてくれ」
虎甲言うと一隊を率い、夷の西風を畏れて西の城門へ回り込み、梯子、突車(丸太を尖らせたものをとりつけた車。城壁、門を破壊する)などを駆使して壁面を攻撃する。
「来たな!」
姜二は西門を守っていた。殷兵は梯子をかけて猛然と駆け上がってくる。充分に引きつけて、姜二が簫を吹くと、姜兵どっとおこって丸太、石、弩弓の矢を降りそそぐ。また挙猿の一隊空中よりわきおこって身をひねらせて石を飛ばす。殷兵たまらず壁面から剥ぎ落とされていく。戦車の高みからこれを見た好、大いに怒って、
「おのれ挙猿を招くか! それ火であの猿を焼いてしまえ!」
とて弩弓隊を繰り出してさんざんに火矢を射かける。すると壁面から翼の生えた蛇が身をくねらせながら飛びいだし、どうどうと水を吐いて火矢を甲斐なくしてしまった。好、大いに憤怒して今度は巨大な投石器の一隊を繰り出し、大きな岩石を次々に浴びせる。ところが石は姜兵のいる壁上のあたりへ到達するまえに、粉々にくだけて弾き返されてしまう。これはどうしたことかと好が怪しむと、殷兵がひるんだこの隙を逃さずに、姜二城門を開いて精鋭とともに猛然と繰り出し、馬をめぐらし矛を舞わして殷兵を大いに蹴散らした。その暴れ狂うさまはまさに応龍のごとく、殷兵逃げ惑って収集がつかない。
「だれかあの豪傑をとめよ! だれか勇気のあるものはいないのか!」
と好が怒ると、これに虎甲気をめぐらし髪を逆立て馬を駆け出だして、
「待て豪傑、殷の虎甲がここにある。勝負しろ」
と矛をしごいて打ちかかる。姜二怒髪天を突いて、
「俺と勝負しようとはいい度胸だ、相手になろう」
と言うと虎甲と矛を交える。姜二と虎甲、矛を舞わして大いに戦うこと五十余合、馬をめぐらし死力を尽くして激しく争うも勝負がつかない。このさまに両軍の諸人、どっとわいて両将を囲みこの勝負の行く末いかにと息を呑むばかり。
姜二、怪力を振るって矛をひねり虎甲の面を突く。虎甲のけぞってかわし馬を飛ばして姜二の背後をうかがい矛をひねる。姜二これを受けて虎甲と力比べに持ち込むが互いの怪力常になくまたその強力たること差がない。離れてまた矛を舞わして打ち合う。ふたりの豪傑火花を散らして百合戦うもまったく勝負の行方がわからない。このさまを見た姜一、弟にもしものことがあってはと危ぶみ、みずから天冠をいただき、龍文の赤い鎧を着て、矛を腋に、赤毛の馬に乗って駆け出だし、大いに怒って、
「そこの豪傑、わが弟に手をだすな。姜の王、一が加勢するぞ」
と怒鳴りつけると、虎甲に矛を突きつけていく。これに好が激怒し、
「卑怯じゃ! 姜王、礼を知れ!」
と怒鳴ると、白馬に飛び乗り饕餮文画の矛を手に風のごとくに駆け、
「姜王、婦好が相手じゃ! わが弟に手を出すな」
と怒鳴って矛を飛ばす。姜二と姜一、虎甲と好は息を合わせて互い違いに、さまざまに馬をめぐらし大いに戦ったが、一向に勝負がつかない。姜一、好に向かって、
「殷媚、聞け。姜は降らぬ。井は落ちぬ。退くがいい」
と言えば、好は怒って矛を姜一に突き、
「われに指図するか! おのれがどんな神を招こうとも、われは負けはせぬ」
と答えて言う。姜一矛をかいくぐって、
「われらの城中に渾敦がおわすとしてもか」
「なんと!」
好、大いに驚いて、
「渾敦が井におわすと言うか!」
「退け、姜は殷礼に従わぬ」
とこんな問答をかわしながら、四人は戦ったのだった。
そのころ城中の姜斎、兄と弟を危ぶんで、
「それものども繰り出せ! 王と姜二を救え!」
と号令し姜兵を繰り出す。殷軍もこれに応じて総兵を繰り出し、乱戦は夕刻に及んだが、数に劣る姜軍は頃合を見て潮の引くように城中に巧みに退いてしまい、こうして一戦目は勝負がつかないままに終わったのだった。
星空の下。井城をうかがう好は歯がゆかった。姜の抵抗は想像以上に手強い。そして姜王が言った渾敦という名である。さしもの好にもこの名、音は、背筋を凍らしめる。
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu