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Ramaneyya Vagga

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 白く輝く怪猿、身の丈五メートルはあろうか。巨大な三つ又戟を腋にしめると、きっと殷軍をにらみつける。頭に牛のごとき角があり、憤怒の人面で、その異形と威風は、殷軍を震え上がらせるのに充分すぎた。
 「神猿...」
 さしもの虎甲も、肝をつぶした。戦いを挑もうという勇気は沸いてこない。神は、すなわち禁忌である。人間がさわってはいけない力である。姜三がさきほど用いた呪詛の鬼は、神ではない。すなわち幻である。鬼である。人間の中にある。しかし神は、人間の世界の外にあって、触れることはできない。
 虎甲は好の戦車を振り向く。目が合う。好の目は、虎甲の臆病を責めるものではなかった。ただ、憤怒していた。
 <なぜ神々はこうも姜に味方するか!>
 とである。そして巨大な怪猿を見上げる。
 「嵜か」
 声にする。背筋がぞくりとする。前方の、嵜の向こう、舞っている巫を見据える。姜斎である。姜斎もまた、戦車の上の好を見とめた。互いに眼力を使って相手を見る。
 注記:眉、媚字はすなわち見るの意である。
 <殷媚、嵜を払えるか>
 姜斎が眼で問う。好はますます憤怒する。拳を固く握り締める。
 「おのれ! 姜媚、こしゃくな!」
 好は戦車から宙を飛んで降り立つ。好とて人の子である。この神猿が心底恐ろしい。だが、ただ拝跪して死を待つような女ではない。おのれの力の限りをつくす。それが好の礼である。生き方である。
 さて好は嵜にいかにして立ち向かうのか。姜斎と好の媚術勝負の行方はいかに。


 第三回 嵜猿祭祀を受けるのこと
       姜一房中に秘儀をなし口器を鋳るのこと

 さても好は饕餮文画の矛を手にして嵜の前に仁王立ちする。これに虎甲、
 「娘娘、無茶だ、ここは逃げよう!」
 と言うも、嵜の威に吹かれて身動きがままならない。
 「あの戟を見ろ!」
 好、嵜のいただく巨戟を見上げる。その長さ八メートルはあろうか。
 「あの四肢、眼光!」
 好は嵜の面を見上げる。こちらを睨んでいる。憤怒の相である。雪のような毛をまとっているから、炎のような面が、より恐ろしい。
 <愚か者! 脅してどうする! 少しは勇気づけぬか!>
 好は逃げるわけにはいかぬのだ。嵜からではない。あの姜媚からである。
 「黙れ虎甲! 騒がしい! 神の面前で無礼である!」
 怒鳴ると、好は拝跪した。ガオー! っと嵜が猛然と吼える。その威風は、人に禁忌を知らせる。逃走の衝動を抱かせる。しかし好は祈る。
 好、立ち上がって両手を合わせ、
 「殷の婦好が嵜に辞します。いまわれ、矛と体術をもってあなたさまをお祭りいたしとうございます。これ可か、否か」
 と問う。すると嵜、カラカラと怪音をたてて笑い、
 ----その意気やよし。好、かかってくるがよい。
 と好の心のうちに答える。これに好、意を決し、勇気を奮って嵜に矛を向け、嵜の足元に走りこむ。嵜、ひとうなりして戟をひねり、好を払わんとする。好、脱兎のごとく横に走ってこれをくぐったが、嵜の戟はその一振りで突風を巻き起こし、好と殷の軍勢を吹き飛ばしてしまった。
 「娘娘!」
 と虎甲が危ぶむも、好、身を転がしてすばやく立ち上がり、また矛をしごいて突きかかっていく。嵜は戟を振り下ろす。好、電光のごとくに身をひるがえし、くぐって宙に飛ぶ。矛をひねって嵜の腹を突きにかかる。だが嵜は左手で蝿を払うかのように好を叩いて落としてしまった。地に叩きつけられた好がうめく間もなく、嵜は戟を横ざまにないで斬りつける。好、もんどりうって立ち上がり、死力を奮ってこの一撃を矛で受けるも、到底踏ん張ることができず弾き飛ばされた。
 嵜は大いに笑って、カラコロと怪音を口から発した。すると虎甲、
 「見ちゃおれん」
 とこのさまに大いに怒り、勇気を奮いおこして駆けいだし、、
 「やい嵜神! 神とはいえ人の女に大人気ない! この虎甲が相手だ!」
 と怒鳴ると矛を舞わし虎眼を怒らし突きかかる。嵜、好に問うて、
 ----こやつは何者だ。
 好、虎甲を振り向き、心のうち大いに喜んで、
 「これはわが弟なり」
 と言うと、立ち上がってまた矛をとりなおす。足をめぐらし虎甲と息を合わせて嵜と戦う。
 このさまに驚いたのは一方の姜の諸人である。嵜を祭ることを主宰する姜斎は、完全な所作を連続させて、嵜をよく祭っていたのだが、これには仰天せんばかりに驚いた。
 <嵜と戦うか>
 それも堂々と、正面から、たんに体術をもってしてである。無謀、愚を通り越して、これは誠である。ここでは贄は好と虎甲の勇気、武術、そうして命である。これは嵜を祭るに正当な礼であろう。
 <殷媚、勇ましや。これが汝の礼か>
 と感心すらした。だが、おのれの身、技量を贄となすのは、姜斎とて同じである。優れた巫祝は、みな同じである。
 <ではわれの舞と汝の武、嵜はどちらを受けるか>
 そう念じて、挙動に没頭していく。舞人は暇ではない。ひどく忙しいものである。辺りの空気をとりこみ、味わい、血管に通す。音による振動を、全身にめぐらす。その具合をよく見て、その流れに従う。波に乗る。世界と一体となるのである。命の限りを尽くさねば、そう舞うことならぬ。考え事をしている暇はない。
 注記:巫祝の業とは見聞きする技術であって、行う技術の領域は少ない。受け、入れるのが本義である。聞字のもとになった字は大きな耳を持つ人が口を開けている形で、すなわち神意を問い聞く巫祝の象である。舞踏において舞い手が行うべきは、動くことではなくて、音を聴くことである。挙動は、音から自然にやってくる。舞踏の本義は即興にあって、その場その場の世界を見てその波に乗る術である。ゆえにあらかじめ所作を創作された現代のバレエなどは、その本義には外れている。
 好と虎甲は果敢に戦ったが、嵜に一指も触れることができないでいた。嵜の周りを飛んで逡巡し、ただその攻撃をかいくぐるので精一杯であった。
 「娘娘! こりゃ、だめだ!」
 虎甲が嵜の戟をかわしながら叫ぶ。好と背中を合わせる。ふたりとも肩で大きく息をする。
 「勝てるはずがなかろう、相手は神じゃ」
 「じゃあ、なんで戦ってるんだよ!」
 「わからぬか、祭祀じゃ」
 「嵜を祭ってどうする」
 「うるさい、よいか、気を抜いては嵜に無礼じゃ。それを心せよ」
 好が言い放った刹那、嵜の戟が飛んでくる。ふたりは飛びのく。
 <嵜神、わが祭祀、受けよ。問う。姜媚の礼とわが礼、いずれが優れるか、好ましいか> 心の内に問う。矛をひねってなおも勇気を奮い、嵜に見せつける。
 すると嵜、カンラコロコロと大いに笑って、その怪力を奮って戟を旋回させ、猛風を巻き起こして、好と虎甲のみならず、殷兵、姜兵の陣営をも、ひとなぎに吹き飛ばして、諸人を地に投じてしまった。
 そうして、姜斎と好のそれぞれに、心のうちに語りかけるに、
 ----決死の者に差などない。決死とは、そういうことである。
 とて、またカラカラと大笑いし、
作品名:Ramaneyya Vagga 作家名:RamaneyyaAsu