欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『エターナル・颯太のマンション』 一月二十二日
ちょうど太陽が地平線に隠れるころ、颯太の部屋の電話が鳴った。電話は美奈からであり、「直接話したいことがあるのでこれから訪ねていいですか?」と聞かれた。もちろん颯太が断るはずはない。ほどなくして颯太の部屋のインターホンが鳴る。
「はーい」
ドアを開けると美奈が立っていた。いつも笑顔のイメージがあった彼女が神妙な顔をして立っている。
「颯太さん、お久しぶり。今日はどうしても聞いて欲しいことがあって来たの」
「どうぞ、入って。男の一人暮らしだから片付いてないけど」
颯太は頭を掻きながら照れくさそうに招き入れた。
今日颯太は一日休みだった。あまりにも休みを取らないので、太田に強制的に休まされたのだ。リビングにはシンプルなテーブルと、木でできた椅子があり、内装は暖色系でまとめられている。さすが颯太というべきか、奥の部屋には冷蔵庫ぐらいのサーバーと端末が数台並んでいた。
美奈に椅子をすすめ、用意していた珈琲を入れてから二人で向き合って座った。美奈はもじもじして、何か話しにくそうにしている。
「どうしたの? 美奈ちゃん。いつもおしゃべりなのに」
「今日は大事な話があって来ました。あの……こないだのテレビカメラの件はうまくいきました?」
上目使いで颯太を見上げる。
「うん。美奈ちゃんの言った通り施設内のネットワークに繋がってたよ」
「そうですか。良かったですね」
ここでしばらく沈黙が流れた。
「……颯太さん。実は私『アンノウン』なんです。カメラ回線からのハッキングで、この単語が出てきませんでした? プログラムでは『施設に自由に出入りできる人間』として位置付けられています。『アンノウン』は私の他にもう一人います。颯太さんも知ってると思いますけど、あの竜崎さんです」
美奈はもう目をうるうるさせていた。
「そう言えばセキュリティの重要項目で見たな。で、施設に自由に出入りできるって?」
「ごめんなさい。言葉通りです。あの日ヒントみたいなのを出したのは、この際、颯太さんのハッキングで全てバレちゃったらいいなって。ずっと黙っているのは心苦しかったんです」
「しかし、あそこは永久にロックされたって」
「はい。“人類に脅威が無くなった”と、Noah2が判断した時まで基本的には解放されません。しかし、何らかの故障で解放されない時の為に、マニュアル操作で解放されるキーが必要でした。施設のロックを解くカードは二枚だけ特別に存在しています」
「その気になれば、カードを持つ美奈ちゃんと竜崎さんだけは自由に出入りできると」
その結果、何が起こるのかを颯太は考えている様子だ。
「その通りです。ある日竜崎さんに特別に呼び出され、私にこれを見せてこう言いました」
『サラは一番の部下だが信用できない。もし人類が外へ出られるようになった時、万が一システムが故障していたら困る。このキーがあればマニュアル操作で出口が解放されるから、もし僕に何かあった時の為に君もこれを持っていてくれ。調べさせてもらったが、君は信用できる。なぜなら僕の遠い親戚なのだから』
「驚いて後で調べましたが、その通りでした。そしてこれを渡されました。同じものは世界にあと一つしかないそうです。竜崎さんはこれを自分のマーカーに組み込むと、『いざという時に自分か、もしくは大切な誰かを、施設に避難させられる特別な権利を今日から持てるんだよ』とも言いました。そして絶対に秘密を洩らさないように念を押されました」
美奈は涙をハンカチで拭きながら淡々と説明を続けた。
「もしこのカードに値段をつけるとしたら、国が買えるぐらいの値段がつくそうです」
金色に光る金属でできたカードをテーブルに置いた。ダビデの星の中に方舟が書いてある。
「これはMICが世界に作ったどの核シェルターにも使え、普通のマーカーと違い厳しいチェックも必要としません。つまり、フリーパスで施設のどこへでも行けます」
金色に輝くそのカードは神秘的に輝いていた。
「じゃあ、これを僕が持って施設に入っても消去とか怖い目にあわないってこと?」
「はい。今日来たのはそのためです。東条さんと愛里さんが同じ施設に居るのに、一生会えないとかひどすぎます。しかも東条さんは子供の顔も見られない。誰かに秘密を話して楽になりたかったんです! ごめんなさい!」
今や美奈は大泣きしていた。ぱっと立ち上がると、床に膝を着き土下座の体勢をとろうとした。
「待って! 美奈ちゃん、よく分かった。明日にでも僕が施設に行って、何とかしてみるよ。んー、なんかわくわくしてきたぞ!」
颯太は東条と愛里を助けるということもそうだが、竜崎の作ったシステムの中枢に侵入し破壊できるという事に興奮していた。
「颯太さん、もうひとつ聞いて欲しいことがあるんですけど……」
美奈はうるんだ眼で颯太を見ている。二人の距離は手を伸ばせば届くほどだ。
「よーし、こうなったら何でも来い! 実は美奈ちゃんが男だったって言っても驚かないぞ!」
「好きです!」
「はい?」
「颯太さんの事、大好きです! 施設に颯太さんが来た時からずっと気になってました。今回のカードの件も、颯太さんに嘘をつくのがすごく苦しくなってしまって。もういてもたってもいられなかったんです」
一息に言ったあと、くるりと後ろを向いてしまった。
「ありがとう。あの急だったんで、心の準備が……まだあの」
颯太は完全にテンパっていた。
「大丈夫です。言えただけですっきりしました! 話を聞いてくれてありがとうございました。じゃあそろそろ帰ります」
何か吹っ切れた様子で、頭をペコッと下げて美奈は笑った。
「送っていこうか?」
颯太はまだ戸惑っていたが、優しく声を掛けた。
「平気です。あ、明日施設に行くときは途中までご一緒させて下さい。施設に入ったら、竜崎さんにはくれぐれも気をつけて下さいね」
テーブルのカードはそのままに、玄関まで行き靴を履く。
「美奈ちゃん、実は僕もすごく嬉しかったよ。ありがとう」
颯太のその言葉を聞いて、美奈は玄関でまた泣き出した。
この時、美奈の足元で透明な“何か”が動いていたのを二人は気づくはずも無かった。きっと施設を出る時に追跡させたのだろう。
竜崎は美奈のことも心の底では信用していなかったのだ。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま