欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『地下施設』 一月二十三日
俺は今、目の前にある光景を理解しようと周りを見回した。
ここは、C‐ブロックのはずだった。ここには10000種の動植物たちが冷凍保存されているはずであり、それを疑いもしなかった。
だが、目の前にある真実とは……。
ざっと見ても“数百人の子供たち”が入ったカプセルが、並んで冷凍保存されていた。
現実が受け入れられず、軽い吐き気さえ覚えた。
「東条君。これがC‐ブロックの真実だよ。びっくりしたあ? 確かに動植物は10000種類集めた。しかし空いたスペースは沢山あるだろ? こりゃあ凄くもったいないじゃないか。さて、これをどう使うかは私のセンスにかかってくる」
「例え人間を冷凍保存しても、解凍処理を失敗したらどうするんですか?」
ショックから立ち直れず、素朴な質問しか思いつかない。
「大丈夫だよ。MICの実験では実に99・5%の確率で成功している。もちろん人間の解凍実験はこっそり外国で行ったけどね」
「うちの会社にはそんな部門はありませんよ! 適当な事言わないで下さい!」
言葉の信ぴょう性に疑問を持ち、興奮して叫んだ。叫んだ事により、身体の緊張感が解けてきたのを感じる。
「そんな大声だすなよ。動物実験は過去にもやっていただろ? その延長を私の金で勝手に行っていたと考えたらいいんじゃないかな。もちろん社長はこの事を知らないが」
「動物と人間は違うじゃないですか。倫理的に許される事ではありません」
竜崎は俺の言葉には耳を貸さず、子供たちの方に歩いて行く。
「さて、では紹介しよう。私の息子の『拓哉』だ」
最前列のカプセルの前に立つと、愛おしそうにカプセルを撫で始めた。顔の部分だけ透明になっていて中の子供の顔が見える。白く霜が降りているが、腐敗などは全く見られない。
「この子供たちはある意味『資格者』だ。未来を担っていくという観点からみるとね。ただ、この子供たちを解凍するにはどうしてもヒトの力が必要だ。解凍した後も、情緒教育という面でやはりヒトの力がいる。東条君の事だから、ここまで言えばわかるかな?」
いじわるそうな顔をして俺に問いかける。
「……俺たちの子供がこの子たちの親になるってことか。放射能の影響が無くなる世代を見越して」
「半分正解だな。実はこの子たちはね、ほぼ全員が政治家や、権力者、金持ちの子供なんだよ。彼ら権力者は子供たちを未来に残すためには金を惜しまない。僕がいくら儲けたか知りたくないか? ……日本の国家予算の数倍だ」
「あんたには良心ってものがないのか!」
最前列には、百人ぐらいの子供たちがあどけない顔をして眠っている。
「良心? 人類の未来に対する良心ならあるよ。だから僕はその金をぜーんぶある国に寄付してやった。全部だよ。その国は期待通りのモノを作り上げ、その結果……」
竜崎はニヤニヤしながら、ボーンという風に両手を広げた。
俺は再び殴りかかった。今度は間に合わなかったのか竜崎の顔にヒットして、彼は両手を広げた格好のまま吹き飛んだ。
「いってえ! さすが超人類の親だな。動きが全く見えなかったよ。まったく、あいつらを呼ぶ暇も無いとは」
鼻血を拭きながら起き上がる。
「あんたのせいでこの戦争が始まったってことか! ふざけるな!」
竜崎は待てというふうに手で制した。俺の足元にお馴染みの何かが集まって来た気配がする。
「まあ、聞け。僕は腐敗した政治の世界も見て来たし、この世に“才能も無いのに無駄飯を食う人間”ばかり増えて失望していた。この世なんて一度滅びてしまえばいいと思った。だが、自分の子供だけは安全に未来に残したい。君は知っているか? 人類がこの先二倍の150億人に増えたら、食料も住むところも確実に無くなり100億人以上が飢えで死ぬんだよ」
「だからと言って、核戦争を起こしていいはずはない!」
拳をぎゅっと握りしめながら叫んだ。声が広い空間に反響して、語尾がぐわんぐわんと響く。
「ああ、実際ここまでやるとは思って無かった。超大国間が絡む核戦争になるのは僕にも計算外だったんだ。計算では人口の三分の一程度を削る予定だった。まったく余計な事してくれちゃってさあ。これでは地球が必要以上に汚染されてしまうじゃないか」
「だが実際はこんな末路じゃないか。あんたの子供だって、解凍後生き残れる保証はどこにもないんだぞ」
怒りを通り越してあきれてしまい、コイツに敬語を使う事などとっくに忘れてしまっていた。
「全くその通り。だが、ひとつ重大な発見をしてしまったんだ。君たちの子供が大人になって、T遺伝子だっけ? それを持つ人間との交配を繰り返した結果をシミュレートしてみたんだが……。数十年以内に30%以上の確率で『不老不死細胞』が生まれるんだ。つまり、『永遠の命を持つ者』の誕生だよ。拓哉たちの親になるという話だけではない。これがあと半分の正解だ」
遠くを見る目をしながら、出てきた鼻血を袖で拭いている。
「そんな物はこの眠っている子供達は望んじゃいない。親のエゴそのものじゃないか!」俺も父親になった。そのせいもあり、こんなのは腹が立ってしょうがなかった。
「分かってないなあ。この眠っている子供達も交配に参加するんだよ。解凍さえすれば、可能性はいくらでも広がるんだ。この竜崎の血統にもチャンスはあるんだよ。オイシイなあ。なんて素晴らしいんだろう!」
両手を広げ虚空を見つめる竜崎は、恍惚の表情を浮かべた。
「あ、そうそう……君の友達の太一君は、“僕に協力してくれた功績を称えて”将来的に私の後継者になってもらうことにした」
今や竜崎の目は、狂信者の光を帯びていた。
「太一が? あいつがお前に協力するはずがないだろ!」
頭を殴られたような衝撃を感じる。
「太一くんはね、君たちを監視させるために派遣した僕のスパイなんだよ。僕の後継者という条件を出したら、喜んで協力してくれた。今どきの若者は損得の判断が早いね。部屋に残されたメモがあっただろ? あれは全て彼が書いて残したものだ。だいたい僕とカメレオンがそんなモノを見逃すはずがないよ」
「しかし、結局あんたは、自分から連絡をとってきたじゃないか」
「それはね、彼はやらなければならない大事な仕事を始めたからだよ。君のくだらない捜索ごっこに参加させる時間がもったいないからね。彼には卓越した運動能力の他に、抜群のコミュニケーション能力がある。これは不満分子を告発し、隔離するために必要なものだ」
いま思い返すと、最初に声を掛けてきたタイミングが完璧過ぎて逆に不自然だった。
「はい、ここから良く聞いてね。太一くんはね、君と同等か、それ以上のT遺伝子を持っていることが最近分かったんだ。彼のT遺伝子は止まる事なく今も増殖を続けている。その素質は計り知れないのだよ。よってもう『古いADAM』、つまり君はいらなくなっちゃったんだな」
「じゃあ俺は、『EVE』との交配は必要なかったんじゃないのか?」
「まあね。だがその時点では、まだ太一君の遺伝子分析結果は出ていなかったんだ。あの滝川ひなたという女性は激しく抵抗したが、あのあと太一君が半ば強引に再交配した。どっちにしても最高の実験結果が出るだろうな」
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま