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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『エターナル・研究室』 一月二十三日


 広い研究室の中は空調が効き、スタッフは最先端の設備を自由に使う事ができた。味気のない内装だったが、それに文句を言う者は誰もいない。
 昼食後シェリルが颯太の所に来て、何かもじもじしている。こないだの救助無線の件から機嫌が悪く、彼がピリピリしているように見えたからだ。
「颯太、あの……今いい?」
 意を決した様子で、とんとんと颯太の後ろにあるロッカーをノックした。
「ええ、大丈夫ですよ。何か分かりましたか?」
 颯太は手を止めてシェリルの方に顔を向ける。
「T遺伝子の事について新たな事実が分かったわ。この遺伝子はね、将来的にとんでもない現象を引き起こす可能性があるの」
 シェリルの顔は紅潮し、興奮を隠せない様子だ。
「とんでもない現象というと?」
 興味を持ったのか、シェリルに体ごと向き直った。
「この遺伝子は『超人類に変化するきっかけになるかもしれない』って前に話したわよね。颯太が持ち出したデータベースを元に、いろんなパターンで交配を繰り返した結果――生まれる可能性があるわ」
「シェリルさんってば、もったいぶってないで早く教えて下さいよ」
 本格的に興味をひかれたのか、椅子ごとぐいぐいとシェリルに近づいて来た。
「その前に颯太は『ヘイフリック限界』という現象を知っているかしら。ヒトの様々な臓器から得られた細胞を培養するとね、それぞれに決められた分裂回数で細胞は増殖を停止するの。不思議でしょ? でも高齢者になればなるほど、細胞の分裂回数はどんどん減っていくの。つまり細胞の分裂が終わることイコール細胞の死、すなわち個体の死ということね」
 シェリルはいったん言葉を切った。そして言葉の重みが颯太に伝わる様に、ゆっくり続ける。
「つまり、T遺伝子を持ったヒトが交配を繰り返すと、この『ヘイフリック限界』が無くなる可能性があるのよ」
「ということは、将来的に『不老不死』のヒトが生まれちゃう可能性があるってことですか?」
「ええ。細胞の増殖が老化による減少を上回るの。ガン細胞に多く含まれるテロメラーゼという酵素とT遺伝子が作用した結果ね。でもデータ上の結果だから、実際は実験してみないことには分からないわ」
 彼女はあごに手を当てて何かを計算している仕草をした。
「シェリルさん、まさか地下施設の本当の目的って……」
 彼女を見つめる颯太の顔は真剣だ。
「それは集めた人にしか分からないわ。たとえ、社長を拷問しても聞き出せないでしょうね」
 肩をすくめながら、冗談っぽく答えた。
「まああの社長に限って、人類の未来を暗くする為にT遺伝子を持った人を集めたとは思えませんけどね」
「そうね。でもこのまま交配が進めば、何世代か後には『不老不死の人類』が生まれちゃうかもね」
「しかし、不老不死になったとしてもどうなんですかね。放射能の危険性が無くなるまで施設にいたとしても、食料や酸素の問題があるし。さすがに食料を摂らないと死んじゃいますよね」
 鼻と口の間に鉛筆を挟みながら、椅子に反り返る。
「前にも言ったように、放射線がつける細胞への傷が瞬時に修復されるとしたら……外の世界で普通に生活できるかもしれないわよ。そうなると課題は未来の食料をどうするかだけね」
 シェリルはそう言うと、颯太の両肩に手を置いた。
「先輩と愛里ちゃんの子供がいきなり超人類だったら、人類の進化の第一号って事か。ぜひ会ってみたいですね」
「そうね。私たちがそれまで生きていればの話だけど。これからもっと掘り下げるわよ。ソータも、Here We go!」
 颯太を椅子に乗せたまま一気に机まで押し戻す。
「若いのに肩こりがひどいわよ。たまには体操しなさい」
 華奢な肩をぐるぐると回しながら席に戻って行った。