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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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 三日後、図書館の管理人に写真を見せたところ、よく似た人を毎日見かけるという情報をついに得た。その人はいつも昼過ぎに現れるという。
 この頃から、太一があまり顔を見せなくなっていた。この日は太一抜きで図書館に張り込んだ。俺とたかしが確保係で、斉藤は逃げ道を塞ぐ係だ。
 毎日現れると聞いていたが、今日はいくら待ってもこない。もう三時を過ぎている。とうとうあきらめて図書館をあとにした。
 この時、俺はまだ知らなかった。竜崎はカメレオンから得た情報を自在に見られるように、ブレインシステムに手を加えていたことを。事前に俺達の行動を察知し、姿を消したのだ。
 それから彼は二度と図書館に現れることはなかった。

 次の日、太一が妙な情報を持って飛び込んできた。太一の友達の井口という男がスギサキという名前の男を知っていると言うのだ。しかし、太一がその友達に詳しい話を聞きに部屋に行ったところ、そこにいるはずの井口の姿はなかった。
 管理人コミュの代表に部屋を開けてもらい部屋の中に入ったところ、荷物も忽然と消えていたというのだ。部屋の中をくまなく探してみたら、ベッドの隙間に走り書きされたメモを発見したらしい。
[今朝、頭の横に気配を感じた。勇気を出して薄目を開けてみると、暗闇の中で透明の膜に覆われた『何か』がこちらを見ていた。いや、正確に言うと赤い目だけが僕をじっと見ているではないか。他の部分は周りの景色に溶け込んでいるというのに。これはおととい太一君に聞かれた事と関係あるのだろうか。その『何か』は、しばらく動かなかったが次に薄目を開けた時にはもう消えていた。明日、太一君と会ってこの話をしてみよう]
 メモはここで終わっていた。
 そして――この日を境に、たかしと斉藤、そして井口も施設から忽然と消えてしまった。文字通り、部屋から忽然と。斉藤の部屋のベッドの下からも、前から使っていたと思われる手帳が見つかった。最後のページにはこう書かれていた。
[竜崎は今日も見つからない。これを書いている時に、いつも後ろから誰かに見られているような気配がする。でも振り返っても誰もいないし、隠しカメラでもあるのかと思い部屋中探したが見つからない。もし僕に何かあったら、誰か僕の意志を継いで欲しい。ん? こんな時間なのに、誰かがドアの……]
 突然、ここで終わっていた。二人の書いた情報を総合すると、カメレオンは普段より活発に彼らを監視していたのかもしれない。
 しかし、ここで疑問が湧いてくる。カメレオンだけで大人の男三人を拉致することが、果たして可能なのだろうか。人間が手を貸している可能性も捨てきれない。
 それとも、これは考えたくはないが、荷物ともども彼らを完膚なきまでに『消去』してしまったのだろうか……。


 この日を境に俺は毎日のように館内放送で呼び出されるようになった。そしてついに、『彼女』と対面することになる。
 前回と同じ道を通り、D-ブロックに向かった。しかしこの日は今までと違っていた。何故か今回はいつもと違う部屋が用意されていたのだ。
 驚く事に、部屋のプレートには小さな金色の文字で『Garden of Eden』と書いてあるではないか。恐る恐る部屋に入ると、女性が一人ヨーロッパ調のソファに浅く座っている。
「初めまして。滝川ひなたと申します。今日いきなり館内放送で呼び出されたのですが、あなたもですか?」
 その女性は立ち上がると、礼儀正しく深々と頭を下げた。
「いえ、何度か。俺は東条海人といいます。たぶんこのあと、ビデオで説明が始まると思いますが……」
 彼女の名前は滝川ひなたと言った。目がくるくると動き、笑うと八重歯が見える。愛里とはまた違った愛らしい顔をしている。
 館内放送がなかなか無かったので、彼女と世間話を始めた。男臭いA-ブロックのこと、愛里のこと、そして赤ちゃんのこと。そして自分が『ADAM』であることも。
 彼女も身を乗り出して活発に自分の事を話し始めた。地上で美容師をやっていたので、地下でも一つの美容室をまかされているらしい。
「『わあ、綺麗になった。ありがとう!』って言われるのがすごく嬉しくて」
 目をきらきらさせ、表情を変えながら語るひなたは、どこか少女っぽくて見ていても全く退屈しなかった。そしていつしか俺は、彼女の話にぐいぐいと惹きこまれていく。
 仕事一筋で生きてきたから彼氏がいた事が無いと言うことや、、やはり俺と一緒でハサミでケガをしても、すぐにケガが治ったというエピソードなど面白可笑しく話してくれた。
(いかん! 俺はこの娘の事を好きになり始めている!)
 今考えると、この時強引にでも部屋を出るべきだった。
 愛里の顔をいくら思い浮かべても、目の前の女性の魅力に抗うことができない。今まで三回ほどこのエリアに呼び出されたが、全て『人工授精』を望んできた。しかし今、俺の気持ちは大きく揺らぎつつあった。
 時計を見ると、もう一時間も夢中で話している。マーカーによる惚れ効果か、身体中の遺伝子が彼女を欲しているのかは分からないが、今までとはレベルの違う身体の異常に俺は当惑していた。心臓はどきどきと脈打ち、汗が止めどなく出てくる。ひなたに目を移すと、彼女の様子もおかしく、何かもじもじしている。
 もしかして? 俺には少し思い当たることがあった。
「あの!」
「あの!」
 同時に口を開いた。
「海人さんからどうぞ」
「えっと、俺今ちょっと異常なくらいに何か……あなたに惹かれているというか、おかしいんです。今まで何度もこのエリアに呼び出されたんですが、ここまで惹かれる事は一度もなかった。まさかとは思いますが、ちょっとひなたさんのマーカーを見てもいいですか?」
「どうぞ。かまいませんよ」
 ひなたは細く美しい手を差出し、金色のマーカーごとテーブルに乗せた。俺はそのマーカーをひっくり返して数字を確認する。少し彼女の手に触れただけでも、俺の身体に電撃にも似た快感が駆け抜ける。
「あっ!」
 驚きと、やっぱりそうか! という気持ちが交錯する。
『0888』――彼女は、EVEだった。

 そして俺はこの後、たった一度だけ過ちを犯してしまう。まるで何か大きな力に引き寄せられるように、彼女の手を取るとそのまま抱き寄せた。まるで、自分の身体が自分じゃないみたいだ。
 長い時間そのまま二人は無言で抱き合っていた。なぜ泣いているのか分からないが、二人とも大粒の涙を流している。
 放送での指示は無かったが、彼女をひょいと抱き上げ隣に続くドアを開ける。暖色系に統一されたその部屋の中央には、クイーンサイズのベッドが置かれていた。抱き上げていた彼女を、腕から滑らせるようにベッドに降ろす。
「長い時を超えて、何度も生まれ変わって。やっと……巡り逢えたのかな。何か、自分の身体とは思えない」
 ひなたは燃えるような、そして貞淑さも兼ね合わせた瞳でまっすぐに俺を見つめる。……もう二人には、言葉は必要なかった。
 その瞳を見つめながら、俺と彼女はひとつになっていった。