欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『エターナル』 一月十一日
颯太は地下施設との連絡方法をとる段取りを始めた。地下施設に送られているカメラからの映像がカギであると考え、ここ数日カメラを探していた。ついに道後温泉の丘に建っている、旅館の庭のカメラがそのひとつだと突き止めた。周りは豊かな自然に囲まれ、小川のせせらぎが聞こえてくる。
ハッキング道具一式を用意して、カメラの配線を探し干渉を試みる。思っていた通り、映像を地下まで有線で引いていた。つまり地上の全てのカメラと、ブレインシステムは有線で繋がっていたのだ。
細心の注意を払い、カメラの配線を通してシステムに侵入すると全てのカメラの位置が判明した。これを通せば、海人の部屋の端末にアクセスできるだろう。
さっそく太田に許可をとり、仮の作業小屋をカメラの傍に作った。物置ぐらいの大きさのそれは機器を置くには十分だったが、寒さ対策に毛布が必要だ。準備がすべて整うと、ハッキング技術を駆使して海人と連絡を試みる。
0888番にあてがわれている部屋を探しだし、海人のパソコン画面にアクセスを始めた。
[東条先輩、颯太です。今近くにいますか?]
海人の部屋の端末画面には、この文字が表示されているはずだ。
十五分ほど経ったころ返事があった。
[まさか、颯太か? 一体どうやってここが分かったんだ。今どこにいる?]
画面に文字が走った。
[ブレインシステムのカメラネットワークに侵入成功しました。幸運なことに、この回線はまだ監視されていませんので安心して下さい。でも念のため三十分間で通信を終了します]
[颯太、聞いてくれ。俺父親になったんだ。愛里が俺の子供を妊娠していた]
[マジですか! おめでとうございます。社長にも話した方がいいですかね。きっと喜びますよ]
海人の返信に一瞬指が止まったが、颯太の表情に素直な喜びが現れた。
[いや……普通怒るだろ。それはともかく、愛里に会える方法が無いか探してみて欲しい。ブロックごとのセキュリティが厳しくて、とてもじゃないが会いに行けない]
[分かりました。ここから遠隔でドアが開くかどうか調べてみます。ドアの制御プログラムはめちゃくちゃセキュリティレベルが高いので、あまり期待しないで下さいね]
[頼む。ところで資格者の条件は分かったのか?]
[今のところ分かったことは、先輩の遺伝子の中には『T遺伝子』というのが尋常じゃないくらいあるみたいです。施設の他の資格者も全員持っていますが、その数百倍はあるようです。だから、先輩はADAMと呼ばれているんだと思います]
[で、そのT遺伝子というのはどんな働きをするんだ?]
[先輩は昔から傷の治りが早かったり、疲労回復能力が優れていたりしませんでしたか? 先輩が施設を脱出した時のデータを、色々な角度からシミュレートしてみたんですが、専門の訓練をしていないのにあの体力は異常です]
[そう言えば、運動神経は普通だったけど疲れはすぐとれたな。ケガの治りも早かった気がする]
[先輩のT遺伝子はそのような効果と、もうひとつ凄い効果があるんですよ]
[すごい効果とは?]
[先輩の子供、例えば愛里ちゃんの子供はひょっとして……人類そのものを変化させるかもしれません]
颯太は言葉を選んで打った。
[どういうことだ? 化け物が生まれるってことか?]
[いえ、違います。姿かたちは人間のままですが細胞の修復が異常に早く、厳しい環境でも生きられる『超人類』のひな形になるかもしれません]
[つまり……人類が猿から人間になったと仮定すると、さらに人間から他の何かになるってことか。姿かたちは一緒でも]
想像を超えた話に、海人の返信のスピードは遅くなっていった。
[その可能性を試すのが地下施設の目的じゃないかと、僕は考えています]
[男1000人と女1000人の組み合わせで、それを作るということか。じゃあまるでここは実験施設じゃないか]
(実験施設? 確かにそうかもしれないな。いや、でもこの施設の最終目的が、人間牧場を造るだけなんて事があるわけがないよな。もしかしたらこのプロジェクト……他に誰かが?)
颯太の頭の中に、ひとつの考えが浮かんだ。
[悪く言えばそうなりますね。しかし、人類が滅びつつある現状をみると、必要な施設かもしれません。今の人類は外の環境では生きて行けないんですから]
[もしかして世界中でこのプロジェクトが起こっている可能性もあるってことか。いや……すでに前から起こっていた可能性が高いな]
[そうですね。そのへんはまた調べてみます。とりあえず三十分経ったので通信を終了し、明日同じ時間に連絡します]
颯太はそう打ち込むと、会話のログをとり本部の研究室に戻った。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま