欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『エターナル・D‐ブロック』一月八日
交配プログラムエリアに、たかしが呼ばれていた。今朝の館内放送によって呼び出されたあと、D‐ブロックのドアを初めてくぐった。案内通りに歩くと、交配プログラムエリアに導かれた。
2025室に入れと指示があり、疑いもせずに部屋に入る。そこは病院の広い個室のような、白い殺風景な内装だった。ソファーとテーブル、端末が一台と大型モニターが一台あるだけだ。しばらく待っているとドアが開き、若い女性が入って来る。
年は二十歳ぐらいだろうか、目と目が合うと、お互い会釈を交わす。彼女も初めて入るD‐ブロックに戸惑い、今から何が始まるのかと戸惑っている様子だった。
『ようこそ。あなた達は交配プログラムに組み込まれました。目の前のモニターをご覧ください』
モニターの電源が自動で入り、映像で説明が流れる。
「え?」
「……これは?」
二人とも衝撃を受け、たかしは口をあんぐりと開けていた。
要するに、今日これから二人は子供を作らなければならないらしい。もし拒否すれば、これからラボに案内され強制的に人工受精が行われる。それさえも拒否すると、映像の最後のような結末が待っていると警告された。つまり、未来を作るために非協力的な人物はこの施設には不要だという事なのだろう。
たかしは女性と顔を見合わせた。女性は「鈴木ひとみです」と名乗ったきり、困った顔をしている。今日初めて会う男性と子供を作れと言われても、戸惑うに決まっている。ひとみには地上に恋人もいたし、いずれは結婚して幸せな結婚生活を送るはずだった。
しかし……拒否は『消去』を意味していた。
拒否した人の映像なのかは分からないが、その人の末路が鮮明に録画されていた。『何か』が、ブロンドの美しい女性を包んだ瞬間に発光した。そして煙のようにそこから存在を消されてしまった。そう、文字通り煙になってしまったのだ。最後に彼女が叫んだ、地獄から聞こえるような叫び声がまだ耳にこびりついている。
「あの、ひとみさん。俺、何か月も男だけの生活だったんで、女の人と話すのは今すごく緊張しています。えーと、正直に言いますと、僕も男ですから本能的に子供は作りたいです。でもひとみさんの気持ちを尊重します。ひとみさんが決めて下さい」
さっきから妙に顔が火照ってきて、手に汗をかいている。たかしは歯を食いしばった。
たかしの変化の原因は、この部屋に入った瞬間にマーカーから人間の原子脳(視床下部、視床、脳幹)に特殊なパルスが送られていたせいであった。原子脳は生存本能や、自己の特性である遺伝子を未来に残そうとする衝動などを司る場所である。
個人差はあるが、ひとみにもこの影響が出ていた。生き残る事と子孫を残す事が頭の中で最優先され、いつの間にか地上の恋人の事は薄く遠い存在になっていった。そしてこのぽっちゃりした目の前の男性が、妙に魅力的に見えてくる。
「分かりました。たかしさんさえ宜しければ協力します」
ひとみは少し考えてから頬を染めた。
たかしも考えていた。(果たしてこれを拒否できる男は存在するのだろうか。せっかく『資格者』になって命が助かったというのに、今ここで死ぬことはないよなあ。それに未来へ子孫を残すことが、人間の義務なのだから)と。
たかしとひとみは端末に向かい、マーカーをかざした。
最後の認証手続きが終わったあと案内があり、交配に使われる部屋へと向かった。そこは今までいた殺風景な部屋とは違い、落ち着いた内装と、大きなベッドが据え付けられていた。
やがて順調に交配が終わると、たかしだけまた元のブロックに強制的に戻されてしまった。もうこの女性とは二度と会えないし、自分の子供の顔も見られないことを彼はまだ知らない。また、交配の結果によっては子供に“最悪の結末”が待っていることも。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま