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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『日本国・永田町駅』 クリスマス 十二時一分


 永田町駅ホームの深さは地下六階に相当し、東京都内の駅の中でもトップクラスの深さと言われている。核シェルターを持たない一般市民は、「助かるには永田町駅か、国会議事堂駅に避難した方がいい」という噂が広まった。
 国会議事堂駅もかなり深い位置にある。永田町駅には人々が殺到し、地下に降りる階段や、ホーム、線路にまで人が溢れていた。地上近くの入口には行列ができていたが、列は全く動く気配がない。諦めきれない人々は、少しでも深い駅を探して右往左往していた。人々は一様に疲れた顔で、大きな荷物を抱えて歩いている。
 今は非常事態宣言が発令されているので、電車は動いていない。線路に降りて膝を抱えている人々の中には、だんだん狭くなっていく空間によって体調を崩す者も出ていた。
 その中に高校生ぐらいの少女がいた。急いで避難したのだろうか、紺のブレザーとチェックのスカートは学校の制服に見えた。口にゴムをくわえ、黒髪を後ろにひとつにまとめながら、安心させるような口調で妹と話している。
「ねえ、お姉ちゃん。おかあさんは?」
「大丈夫よ、あとでまた探しに行って来るからね。今度はきっと見つかるわよ」
 真奈美とさとみの両親は、非難する時に人ごみに巻き込まれてしまった。だが、構内には居るはずだから、後できっと会えると真奈美は信じて疑わなかった。
「大丈夫よ。ここに居れば安全ってみんな言ってるから。さとみはあのお人形持ってきたかな?」
「うん。リュックに入れてあるよ。お姉ちゃん出してくれる?」
くるりと可愛らしくジャンプして後ろを振り向く。ツインテールにした髪の毛がこっちを向いた。
「いいわよ。ほら」
 リュックからクマのぬいぐるみを取り出すと、妹に持たせた。お気に入りのぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえると、妹は感触を確かめるようにしばらく顔をうずめた。
「お姉ちゃん、いつまでここに居ないといけないの? さとみもう家に帰りたいよ」
 暖かくて眠くなってきたのか、小さな口であくびをしながら聞いた。
「そうねえ。たぶん明日には帰れるんじゃないかな。帰ったらさとみの大好きなポテトサラダ作ってあげる」
「やったー! じゃあさとみ我慢する」
 真奈美は時計を見た。もう十二時を過ぎている。
「あ、すいません、ちょっと通して下さい」
 小さな男の子の手を引いたお父さんが、彼女たちの足を踏まないようにまたぎながら奥へと進んでいく。線路の奥の方ではまるで眼だけ光る虫の集団のように、人々がひしめきあっていた。線路に降りた人たちが持つスペースは、手を伸ばすと隣の人に当たるくらいの密度だ。
――その時だった。
「ゴゴゴゴッ!」と地鳴りの音が地下にこだました。
「うわあああ! ほんとだ! 本当だったんだ!」 
「頭を守れ!」
 地面が縦に細かく揺れだした。埃が舞い、地下ホームにいる人々は叫び声をあげ身を伏せる。
 真奈美も妹を庇うようにとっさに覆いかぶさった。その瞬間に全ての照明が消える。揺れはそれから三十秒ほど続いたが、ようやくおさまってきた。
「大丈夫よ、あたしがあなたを守ってあげる」 
 大切そうに抱きしめたぬいぐるみに、さとみがひそひそと暗闇で話しかけている。
 やがて何の前触れもなく照明が復旧した。
「核爆弾が落ちたんだ! 放射性物質が来るぞ。地下への入口をふさがないと!」
 ざわざわする群衆の中で、ひときわ目立つ背の高い男性が叫び出す。
「どこにそんな証拠がある? ただの地震かもしれないじゃないか」
「そうだ! なぜ断言できるんだ?」
 どこからか、叫ぶような声で反論が上がった。それに続くように次々にヒステリックな声が上がる。
「みんな静かにしろ! これは地震ではない。私は軍の交信を無線でずっと拾っていた。まず、これを聞いてくれ」
 その男性は無線の音量を最大にした。
 ガガガ・・というノイズに混ざって、無線機から男性の声が聞こえてくる。数百人はいると思われるホームはしーんとなり、今は咳払いひとつ聞こえない。
「繰り返します・・司令部応答し・・とうきょ・・で核爆発と思われます・・ヘリが墜落・・至急応援を・・」
 人々が不安な声で騒ぎ出した。
「沖縄って話じゃなかったのか」
「目標が狂ったんじゃないか? とにかく入口を塞がないと」
 震える声で誰かが叫んだ。
 その声を皮切りに、ホームにいた人々は線路に無理やり降り始める。入口を塞ぐ作業など、口先だけで誰も行かない。
「もっと奥へ詰めてくれ! 放射性物質がくるぞ!」
 真奈美の後ろでサラリーマンの男性が引きつった声で叫ぶ。
 だが彼らは知らない。放射性物質よりも先にやって来る地獄の災を。ビルに当たった高熱の災はやがて竜巻状の『火災旋風』になり、地上の人々にせまってくるだろう。動きの予測できない火災旋風からは逃げ場はない。それに巻かれたら人間など一瞬で黒焦げになってしまうのだ。
「入口に近いヤツから死んでいくんだぞ。もっと奥に進め」
 男たちが先頭に立ち、集団を先導して線路の奥へ進んでいく。照明が暗いのは仕方ないが、出口の見えない更新に人々の疲労は溜まっていく。
 やがて彼らの見たものは――隣の駅から来たと思われる、同じような集団だった。
「ほら、そのクマさんはリュックにしまわないとね」
「やだ! おとうさんと、おかあさんの代わりだもん」 
 真奈美も後ろの人に押されるように奥へと歩き出していた。歩かなければ、後からきた群衆に妹が踏みつぶされてしまいかねない。
「……お姉ちゃん、さとみ足が痛いの。あたしたち、いつ帰れるのかなあ」
 目に涙を溜めているが、真奈美の手と、クマのぬいぐるみは決して離さなかった。
「おんぶする? ふふ、ほら、ジャンプして。大丈夫、明日にはきっと帰れるよ」