欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
先ほどと比べ物にならないほどの衝撃が二秒後に来た。耐震設備が完全なここ地下一階でも、衝撃により天井から埃が落ちる。
「全員ケガはないか? 即刻データを集めて、私の後に続け」
総理は自分のデスクの引出しを開けると、取り出したリモコンに六桁の暗証番号を入力した。すると壁際の書棚が音もなく横にずれ、隠れていた下の階への階段が現れる。
「諸君が知らないのも無理はないが、ここは政府専用の地下シェルターに繋がっている。外部の者には決して口外しないように」
愛里の母がリークしようとしていたことは本当だったのだ。公式にはこの首相官邸は地下一階まででしかない。公式図面でも“その下の階は存在しない”ことになっている。
東京湾上空で爆発した核弾頭により、約5000℃の熱線が地上に向けて降り注いだ。だいたいレンガが溶けるのが3000℃だから、どれだけ凄まじい熱か分かるだろう。
熱線により東京湾のコンビナートは即座に爆発炎上し、火の海と化した。湾岸沿いにある建物も高熱により溶け始める。停留している船舶の甲板は、激しい高温に熱を持ち、船内の人間をじりじりと蒸し焼きにした。
そして熱線のすぐ後に高熱の爆風が襲って来る。熱で急速に膨張した『音速を超える高温の衝撃波』は、接触するもの全てを一瞬で焼いた。ビルのガラスは吹き飛び、金属は飴のように溶けて都心側を向いて曲がる。衝撃波は車や人間をありえない程破壊しながら、チリのように遠くに吹き飛ばした。レインボーブリッジも根こそぎ傾き、水中に崩れて落ち激しい蒸気を上げる。
爆心地では、母親がわが子に覆い被さるような姿のまま、まるで〈元からそこに存在しなかったように〉灰になってしまった。文字通りグランド・ゼロには『生命のかけら』は何一つ残っていなかった。
その後、上空には核反応の高熱により巨大なキノコ雲が生じた。あと数時間もすれば爆風によって巻き上げられた粉塵等が雲になり、放射能をたっぷり含んだ『黒い雨』が降るであろう。東京湾を中心に発生した火災は、やがて海風に煽られ、都心部に向かって悪魔の舌のように北上を始めた。
地下鉄などに避難した人々は、熱線と衝撃波だけはかろうじて避けられたかもしれない。だが、この後にやってくる大火災と放射線から果たして身を守る事ができるのだろうか。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま