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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『地下施設・A‐ブロック』 十二月二十三日 



 俺がここに入ってから三日が経った。今のところ施設の中は快適で、生活して行くには何の不満もない。
 ただ、生活圏内に男性しかいないというのは、やはり違和感がある。趣味があう者たちは友達や同好会などを作って楽しくやっているが、一人ぼっちで歩く男性の姿はどこか寂しそうに見えた。
 今日は部屋にあるブレインシステムの端末から、唯一地上を観測できる『定点カメラモード』を呼び出した。これはエターナルの各都市にある定点カメラから直接映像が運ばれ、地上の様子をリアルタイムで見る事ができる。
 十か所ほどカメラを切り替えながら次々に見てみたが、平和な街並みと豊かな自然が映し出されるだけだった。だが、きっとハルマゲドンの時は、ほとんどの人が部屋からこのモードを使って外の映像を見る事になるだろう。
 次に端末のメール画面を開いた。もちろんメールはこのA‐ブロックの中しか送れない。メッセージ画面の下にある個人認識番号を入れる欄に、〈MF-75166G〉と裏コードを打ち込む。
 画面に一瞬ノイズが走り、通常とは違う位置にメッセージ入力画面が出る。
[愛里、体調は良くなってきたかな? 今日はこないだ話したたかしと一緒に、斉藤って人に会ってくるよ]
 メッセージを打ちこみ、ここで時計に目を移すとあと二分しかない。
[斉藤君は偶然にもエターナル国民で、太田さんにも会った事あるらしい。何か情報がないか聞いてくる。ではまた明日]
 入力時間は限られているが、一日一回のメールをこうして愛里と交わしていた。
 だが昨夜来た愛里からの返事の最後に、気になる一文があった。
 そこには[最近すごく眠くて、急に気持ち悪くなって吐いてしまったりする]と書いてあった。風邪でもひいたのだろうか。幸い向こうにも元ドクターが何人かいるらしく、薬や設備も揃っているようなので、すぐに診てもらうようにと返信したが……少し心配だ。
 端末の電源を落とすと、着替えを済ませ部屋を出た。エレベーター脇でたかしと合流すると、待ち合わせの喫茶店に向かう。
(耳でかっ!)と見た瞬間思った。斉藤君はもう来ていた。髪の毛を短くカットした好青年である。その分もともと大きな耳が更に大きく見える。たかしの方は相変わらずぽっちゃりしていて、色白のオタク系に見えないこともない。
「はじめまして、東条です。若いねえ。たかし君と同じぐらいの年かな?」
「はい、二十歳です。たかしさんにはいつもお世話になっています。あの、東条さんは太田さんの知り合いなんですか?」
「うん、幼馴染なんだ。彼は昔からガキ大将でさ、曲がった事が大嫌いだからしょっちゅう誰かとケンカしてたよ」
 俺は昔を思い出し、目を細めた。
「あ、そうだ! 俺これからちょっと約束があるんで失礼します。サッカーの練習試合のメンバーが足りなくて、行く約束をしてるのをすっかり忘れていました。すいません」
 たかしは突然立ちあがると頭をぺこりと下げた。
「謝ることないよ。試合頑張ってね。後で行けたら顔出すから」
 俺たちは手を振って、慌ただしく走り去って行くたかしを見送った。
 すぐに斉藤君が真面目な顔をして身を乗り出してくる。
「実は、太田さんに喜んで貰えるように、エターナルの国民を何とかこの施設に入れたいんです。でも未だにNoah2の制御システムに入り込めないんですよね」
 何やら難しい顔をしてひそひそ声を出している。
 俺は正直(颯太でさえ苦労したのに、経験もなさそうなこの若者が入るのは難しいんじゃないか)と感じたが、ここは黙っていた。
「俺も太田さんからD‐ブロックをエターナルに解放してくれって頼まれてるんだ。だが俺の知識では制御システムは攻略できないだろう。何か別の角度からアプローチできないか一緒に考えてみよう」
「そうですね。僕も考えてみます」
 ここでふと目を切り、彼の後ろの壁を見た。何か透明なゆがんだ物体が、壁紙の色の変わり目の所で動いたような気がする。だが目をこすってからもう一度よく見ると、そこにはもう何もいなかった。
「……気のせいか。それじゃ今日はありがとう。俺はこれから部屋に帰って方法を考えてみるよ」
「こちらこそ同志に会えて嬉しかったです。連絡をとりあって、目的を達成しましょう」斉藤君の内線番号を聞いてから、喫茶店を出て自分の部屋に戻った。
 端末を立ち上げると、メッセージが一件点滅している。裏コードを入力してメッセージを読む。
[海人、驚かないで聞いてね。今日お医者さん行ったらね、私、赤ちゃんができちゃったみたい。妊娠二カ月だって。パパは一体誰かしら? ふふ、じゃあまたメールするわね]
 俺は頭が真っ白になった。
(愛里が妊娠? まったく、誰の子だ? って俺の子に決まってるじゃん。施設に入る前にあいつ身ごもったんだ! パパになるよ俺、ひゃっほう!)
……軽いパニックから戻って来た。深呼吸すると、現状を冷静に見る事ができるようになった。
 いつか世界が元通りになったら、愛里の父親にぶん殴られるのを覚悟しなければ。喜びが湧いてくるのと同時に、父親としての責任感が芽生えてくるのを感じた。だが、果たしてこの施設でちゃんと産めるのか。万が一放射線で母子ともに汚染されたらと思うと、いてもたってもいられなくなってきた。
 一刻でも早く愛里に会いに行きたい。すぐにでもメールを返したかったが、今日の持ち時間は無くなってしまった。
 今夜はきっと、眠れないだろう。