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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『エターナル・研究室』 十二月二十三日 


 大型のサーバーが壁際に整然と並んで、カリカリと小さな音を出している。この研究室では主に放射線関係の研究が日々行われている。
 博士には颯太の他に二人の助手がいた。その中で女性の助手は一人だけだ。その女性の名前を、みんなはシェリルとかシェリーと呼んでいた。髪の毛は栗色で、ぱっちりした目を持つ聡明な女性だ。カナダ人だが日本語がとても上手く、颯太よりも年上である。シェリルは、何かにつけて颯太を弟のように可愛がっていた。
 彼女は若くして遺伝子研究の第一人者であり、今は放射線による人体への影響と対策について研究している。
 颯太はシェリルに『東条海人の遺伝子』を調べてもらうため、特別に仕事を依頼していた。東条の毛髪から遺伝子を抽出して、何か特別なものは無いかを調べてもらっている
 依頼を快く引き受けた彼女は、空いた時間を使ってあらゆる角度から専門的にそれを調べてくれていた。 
「いいニュースよ、颯太。まずはこれを読んで」
 きれいに爪を切られた手から、颯太に携帯型WEB端末を渡した。
【約25000種類あるとされる人の遺伝子のうち、約3000種類については保有数に個人差がある。
『トランスポゾン』はヒトゲノムの中を動き回ることができる遺伝子だ。かつては、遺伝子は染色体上の一定の場所に固定していると考えられてきた。この『トランスポゾン』微生物から植物、ハエ、ヒトまで多くの生物に存在する。遺伝子の機能に影響を及ぼし、種の分化や多様性に重要な働きをしている】
――ここで説明は終わっていた。
「このトランスポゾンに秘密があったの。東条さんの遺伝子はこれが普通の人の数万倍以上あって、驚くべきことにこれが異常な速度で常時動いてるの」
「ということは、どういう影響があるんですか?」
「東条さんのトランスポゾンは主に『細胞の修復と再生』に関わっているわ。つまり、細胞が傷ついても異常な速度で治っちゃうってこと」
 シェリルは手元のデータを見ながら、まだ信じられないという顔をしている。
「もっと簡単に言って下さい。ナノレベルまで噛み砕いてお願いします」
「つまり……この東条さんって人は次世代の人間のひな形になるかもしれないのよ」
 颯太のジョークにはぴくりとも反応せずに答える。
「うーん。てことは、人間からさらに進化した何かってことですか?」
 颯太は唇を舌で湿らした。
(先輩が、人間を超えたモノの祖先だって?)
「いい? 生物の進化には大ざっぱに分けて二つの説があるのよ」
 シェリルの手から受け取った初心者向けの資料には、次のように書いてある。
【1‐『自然選択説』は、良性の遺伝子変異を保存して蓄積するという概念から成り立っている。
 例えば、ある種の生物に羽が生えて飛ぶことができるようになったとする。するとその子孫は同じ遺伝子を引き継いで行く。劣等の遺伝子を持った子孫は途絶え、優れた遺伝子をもった子孫は繁殖し、生存競争に生き延びる要素を備えたものだけが生き延びると言う説。これは、サルからヒトに進化したという進化論に付随する。
【2‐『インテリジェント・デザイン説』とは、知性ある何かによって生命や宇宙の精妙なシステムが人間を設計したとする説。
 宇宙自然界に起こっていることは機械的・非人称的な自然的要因だけではすべての説明はできず、そこには「デザイン」すなわち構想、意図、意志、目的といったものが働いていることを科学として認めようという理論である。
 極端に言えば、我々人間は〈知的生命体などに作られたかもしれない〉という説だ】
「なるほど、分かりやすいですね。僕的には二番目の説にロマンを感じますが」
 遥か昔の人類の誕生を頭に描いているのか、颯太の頬は少し緩んでいた。
「進化したかどうかは分からないけれど、もしこれが進化だとしたら……。例えば放射線を浴びても細胞が〈すぐに修復〉されたりしたら。次世代の人間は、どんな環境でも生きられる事になるかもしれないわね」
 シェリルの目が知的な光を帯びてきている。
「そうか! あのシリアルナンバーの後ろについていたヒトケタの謎の数字って、『トランスポゾン』の含有ランクを表しているのかもしれない。先輩だけが『ADAM』ってことは……」
「そうね。他の人のサンプルも欲しいけど、たぶん最高ランクじゃないかしら。この遺伝子をこれから『T遺伝子』と呼ぶことにするわ」
 知的興奮からか、彼女の顔は紅潮していた。
「え? サンプルは無いですが、分析データならありますよ。D・N・Aの情報でいいんですよね」
「あら、東条さんの毛髪以外は、施設からデータの類は持ち出せなかったって言ってなかった?」
 不思議そうな顔で颯太を見つめる。
「出入りチェックが厳しいですからね。データっていうかデータベースごとココに入ってます」
 颯太は自分の頭を指でとんとんと叩いた。
「――博士から聞いた通りの人ね」
 シェリルはまいったという風に笑いながら、大げさに両手を広げ肩をすくめた。
「と、言うことは施設に集められた人は、みんなそのT遺伝子を持っている可能性が高いって事になりますね。でも……もしそうだとしたら、愛里ちゃんは“T遺伝子を持っていない”はずなのになぜ問題なく入れたんだろう」
 宙を見つめて真剣な顔で考え込んでいる。頭の中であらゆる可能性を検討しているのだろう。
「ごめん颯太、ひとつ聞いてもいい? その東条って人は病気になりにくいとか、疲労回復が早いとか何か人と違う事ってなかった?」
「そうですねえ、先輩が病気をしたという話は聞いたことありません。あ、そういえば……。施設で働いていたとき先輩がカッターで指を切った事があって、その時に結構血が出たんです。絆創膏をしたんですが、翌日には傷口はどこにも見当たりませんでした。僕がお願いした事が原因でケガさせちゃったんで、気になって傷口をよく見たから間違いないです」
「やっぱりね。『超回復』の可能性が高いわ。さて、もし女性の方もT遺伝子を持っている人だけを集めたとしたら、その子供たちはどうなると思う?」
 シェリルの目がらんらんと輝きだす。
「より強い遺伝子を持った子が産まれる可能性がありますね。スーパー人類が生まれるかも? なんつって」
 冗談まじりに言ってから見上げるとシェリルと眼が合った。だが、その目は全く笑っていなかった。