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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『新宿』 十二月二十二日 夜



 ここは新宿歌舞伎町のスナックだ。
 店内はガラガラで、ママと数人の客しかいない。頭にネクタイを巻いた男が歌うカラオケに合わせて、ママだけが笑顔で手拍子をしている。年期の入ったミラーボールの光が、奥のボックスに座ったサラリーマン二人連れの顔を照らしていた。
「実は、明日会社に休暇を出して田舎に帰ろうと思うんです。先輩の部署は今どんな感じなんですか?」
 縁なしのメガネをかけた細見の男が、対面に座る男に問いかけた。だいぶ酔っているのか、目の周りを真っ赤に染めている。
「それがさ、もう半分が出社していないんだ。エターナルだっけ? あそこに親戚がいるとかで、手続きにいくんだーって。うちの部署だけでエターナルに親戚がいるやつが五人もいるはずねえってのな」
 笑いながら答えたのは、体育会系の色黒の男だ。同じ会社の先輩と後輩なのだろう。
「そうですよねえ。大体入国審査待ちが、1000万人以上いるらしいですよ。本当かどうかは知りませんけど」
「マジかよ。二十五日に核爆弾が落ちてくるのに、そんなにいたら間に合うわけねえのにな。しかし、俺は独身で良かったよ、身軽だもの」
 大きな身体に似合わず小さなため息をつく。
「いいですねえ。うちなんて、嫁さんと子供が『どこに逃げれば助かるの?』って毎日騒いでますよ。もうね、パニックですパニック。核爆弾がどこに落ちるのか分からないのに、田舎に帰れば安全とは言い切れませんし……。とりあえず帰省したらすぐシェルター用に穴でも掘ります」
「はっはっは! 今から掘ったってそれこそ間に合わねえよ。そういえば最近さ、シェルター販売の会社からしつこく電話あるじゃん? あれって、放射線は多少防げるかもしれないけど密封性が無いポンコツらしいぜ」
「それじゃあすぐに放射線でしたっけ? あれが入ってきて被ばくしてお終いじゃないですか。俺、苦しんで死ぬのはいやだなあ」
 メガネを外しておしぼりで顔をごしごしと拭く。彼の目は充血し、こめかみには血管が浮き出ている。
「結局さあ、俺たち一般ピープルの選択は二つしかないんだよ。一瞬で死ぬか、苦しんで死ぬかの違いだけなんだよなあ」
 急に酔いが回ったのか、いきなりメガネの男ががたんっ! と椅子を鳴らして立ち上がった。
「そうだ! 結局死ぬなら好きな事をしてから死んだ方がましだ!」
 そう叫ぶと、手に持っていたビールびんをカウンターに勢いよく投げつけた。
「キャー!」
 ママが悲鳴をあげながら、デュエットしている客の後ろに隠れる。
「おい、よせよせ。お前なにやってんだよ!」
 体育会系の男は暴れるメガネの男を羽交い絞めにしようとする。
「うるせえ! あと二日とちょっとで世界が滅びるのに、ちまちま酒なんて飲んでられっか!」と叫ぶとテーブルを蹴ってひっくり返した。ボトルが割れ、酒が飛び散る。
 カウンターに駆け寄ったママは、震える手で110番をかけ続けていた。
「……ダメだわ。何度かけても誰も出ない。葵ちゃん、どうしてだと思う?」
「誰も出ないってことあるの? もしあるとしたら、回線がパンクしてるんじゃないかなあ」
 カウンターの裏に隠れていたホステスの女の子が、顔だけ出して答える。
 今や全国各地で事件や事故が頻発し始め、警察機関の処理能力を大きく超えつつあった。
「おい、いいかげんにしろよ!」
「先輩、もうどうなってもいいんですよ。世界の滅亡万歳だ!」
「帰るぞ」
 色黒の男に抱えらるようにして、暴れていた男は店を出て行った。料金も払わないで店を出て行くこの男たちを、ママは唇を噛みながら睨みつけるしかなかった。