欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『日本国』 一二月十七日‐二十二日
政府への不満が高まる中〈秋田、市ヶ谷、習志野、那覇〉駐屯地にパトリオットミサイル PAC‐3が配備された。この高性能ミサイルは対弾道弾射程二十キロメートルを誇り、発射機を車両で運べるという利点もある。日本政府はネットで流れる二十五日の攻撃の情報を〈信頼できる〉と判断したということになる。
過激なグループは休まずシェルター探しを続けているが、他の国民は日本人特有の『傍観者』になっていた。以下は、十七日の時点でテレビのインタビューに答えた若者のコメントだ。
「戦争? デマだよデマ。みんな大げさに騒ぎすぎだって」
「ノストラダムスの予言も外れたし、今回も大丈夫よ」
「えっ? 北朝鮮が攻撃してくるって? またまたあ、いつもの威嚇じゃないの」
政府の対応をあざ笑うかのように、このような楽観的な意見が大半を占めていた。
しかし、アメリカ合衆国は早期警戒ステルス機を頻繁に飛ばし、原子力潜水艦の警戒レベルを最大レベルに上げてきているという情報も入っている。
ヨーロッパ各国の首脳も連日合同会議を行い、来たるべき日に備えて準備をしていた。
十八日は、テレビの各チャンネルでニュース速報がひっきりなしに飛び交う一日だった。この日は横浜で立てこもり事件が起こった。過激派が政府高官の家族を誘拐し、立てこもったのだ。
「我々にシェルターを解放せよ。拒否すれば人質にとった家族の安全は保障できない」と声明を出していた。この事件に呼応したように、全国各地で毎日のように誘拐事件が相次ぎ、同じような要求が次々に出された。日本政府はアメリカ合衆国に習い、“テロには屈しない”という精神をもって強硬な態度で制圧を始める。
もはや警察の力だけでは収拾がつかず、この頃から自衛隊による治安出動も検討され始めた。
ハルマゲドンまであと三日となる二十二日になると、さすがに『傍観者』の日本人も政府に違和感を感じ始めた。今までと違った政府の暴力的とも言える対応に恐怖を抱き、国外に脱出する者が増えてきた。
六日に起こった〈太田勝利襲撃事件〉は日本国民の印象に強く残っていた。あの日、L・D・Fの効果をテレビで見た人々が、エターナルへの入口に続々と集結し始める。テレビ局のヘリから撮った映像には、黒アリのようにゲートに群がる群衆が映っていた。
「現国民の安全性と治安の維持を考えると、受け入れは容認できない。ただし肉親などがエターナル内にいる場合のみ、しかるべき審査を受けたのち入国を認める場合がある」
これはエターナル側の公式発表である。これを受けて『エターナルに親戚がいる』と虚偽の申告が相次ぎ、入国審査はより困難を極めることになった。
エターナルの中にはネット経由で“養子扱いにして欲しい”と数億円で頼み込まれた人もいるようだ。
海外諸国でも日常的に暴動が起こり、商店や銀行などが襲われ略奪が始まっているという情報が入ってきている。
しかしまだ日本では、このような略奪行為が起こったという報告はされていない。日本人の特色とも言える危機感の薄さと民族性が、略奪という行為を制御しているのだろう。。
そして殆どの日本人は、今まで通り“誰かが指示をしてくれる”のを相変わらず期待していた。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま