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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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疑惑


『地下施設・B‐ブロック』 十二月二十日 午後


 サラは施設の最終チェックを済ませたあと、ニュートラルエリアまで行った。スタッフ用の特別パスカードを、待っていた美奈に渡す。
 ここはB‐ブロックの入口に向かう手前のニュートラルエリアだ。施設を上から見るとちょうど中心になるところで、このエリアだけにエレベーターが設置されている。
 サラはこの扉を開けたらマーカーでのチェックをパスするだけだ。パスさえすれば、『生き残り』が完全に保障される。
「今日までご苦労様。あなたは地上に戻って私の上司の命令に従い、新しい勤務に着いてね。他のスタッフは全て退去済だから、エレベーターに乗るのはあなたで最後になるわ」
「はい。本当にお世話になりました。本部長もお元気で」
 厳しい上司だったとはいえ、別れのこの瞬間の美奈は少し涙ぐんでいた。
「ありがとう、あなたもね。このエレベーターは、今日の三時をもって完全にロックされます。それ以降は誰も入れないので、忘れ物とかしないようにね」
 この時のサラの瞳は、優しく柔らかい光を帯びていた。
「はい。では失礼します」
 頭をひとつ下げると最後の上昇ボタンを押す。すぐに美奈の姿はエレベーターに吸い込まれていった。
 あと一時間ほどでこの施設は外部から完全に孤立する。アリ一匹侵入することは不可能であろう。サラはニュートラルエリアのドアをくぐり、颯爽とB‐ブロックに向かう。頑丈な扉が後ろで閉まり、かちっとロックされる。
 B‐ブロックの扉の前まで来ると、遺伝子照合の最終チェックがある。後はマーカーをかざすだけで、彼女の計画は完璧に成功したことになる。
「警告! あなたは入室する資格がありません。ただちにニュートラルエリアに戻って下さい」
 サラは目をまるくした。何かの間違いだろうと思い、もう一度マーカーをかざしてみる。モニターには『血液データが認識できません』という文字が浮かぶ。
「警告! 三分以内にニュートラルエリアに戻って下さい。なお指示に従わない場合は、Noah2防衛システムにより消去されます」
 消去とはつまり……今ここで『抹殺される』と言うことだ。彼女は上司から内密にこのシステムの事は聞かされていた。だが、サラの権限でも、Noah2防衛システムの詳細な内容は閲覧不能だった。
「なによ! 私はマーカーを持ってるんだから資格者じゃない! 通してよ、バカシステム!」
 サラは真っ青になり、モニターを叩きながら叫んだ。
「あと150秒です」
 鬼のような形相で、もう一度マーカーをモニターに激しくこすりつける。しかし『血液データが認識できません』という文字が浮かぶだけで、全く反応してくれない。
「なんでよ! 吉永愛里は入れたじゃない! なぜ私は入れないのよ」
 焦りと得体のしれない恐怖で、全身の毛穴がいっせいに開く。
「あと120秒です」
 抑揚の無い声がいっそう恐怖を加速させる。
――ここに居たらあと二分で自分は抹殺されてしまう!
 サラはニュートラルエリアに向かって全力で走り出した! しかし、ドアが開かない! (しまった。パスカードはさっき美奈に)
 そのことに気づくと、大声でわめきながらドンドンと扉を叩きだした。だが、美奈はとっくにエレベーターで地上に上がってしまっているので聞こえるはずがない。
「あと60秒です。59、58、57」
 カウントダウンは無常にも止まる事なく続いていた。
「いやあああ! 開けててえええ!!!」
 のどから血が出るような声で叫ぶが、広い廊下に虚しく反響するだけだ。
 身体中からイヤな汗が噴きだし、気が狂ったようにドアを殴り続ける。いつの間にか彼女は爪でドアを掻きむしっていた。綺麗に手入れされていた自慢の爪は剥がれ、柔らかい指先の果肉がむき出しになったが、全く気付いていないようだ。
「5、4、3、2、1、0。消去、開始します」
 恐る恐る後ろを振り返った。映画で見るような機関銃が、天井から出てきて撃ち殺されるかと思っていたが廊下には何も変化は無い。
「――なによ、何も起こらないじゃない」
 安心したのか、その場にぺたっと座り込んだ。
 その時! 壁が……動いているというより、壁全体がうねり始めた。
「カサ、カサカサカサ」
 何とも生理的にイヤな音が、だんだん近づいてくる。そして、まず足首にぞっとするような感触が走った。
「気持ち悪い! 何これ! いやあああああああああ!!」
 足元から頭の先まで、足がたくさんある虫のようなものに覆われた。掠れた声がだんだん小さくなっていく。次の瞬間、体全体が激しく発光したかと思うと、その姿は煙と共に消えていた。
 彼女の人生は透明な虫によって終わりを告げた。虫に覆われた時間から考えると、少しの痛みさえ感じる暇もなかっただろう。すぐに煙が肺炎装置によって吸い出される。
 サラのいた場所には、何か光るものが落ちている。それは溶けた金色の結婚指輪だった。
 ポケットに夫の指輪を大事にしまっていたのだろうか、まるで隣に寄りそうようにして少し大きめの溶けた指輪も転がっていた。
 あとは、黒こげになったマーカーの残骸が落ちているだけだった。
「消去、完了しました」

 長い廊下に無機質なコンピュータの音声が響く。
 これをもってB‐ブロックは、999名を収容したまま完全にロックされた。そして三時になり、外に繋がる全てのドアが完全に閉ざされる。
 次に扉が開くのがいつなのかは、誰も知らない。