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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『地下六十階・統括本部』 十月十五日  


 サラはゆっくりと、言葉に重みを持たせるように話し始める。
「これは極秘事項ですが、MIC情報部及び政府筋からの確かな情報によると、今年のクリスマスの日に人類は『滅亡』します。ただし一部を除いて、ね」
「滅亡って」
 あまりにも現実感の無い話に俺は耳を疑った。
「一部とはここのようなレベルの施設、すなわち最高レベルのシェルターを持つものは助かる可能性があるという事です。現在MICは、あるプログラムによってここに入所する資格者を選出しています」
 あるプログラム?
「Noah2はシミュレーションだけの予定じゃなかったんですか! 会社がこのように使うとは聞いてないです!」
 颯太が突然、人が変ったように叫びだした。顔は紅潮して今にもサラにかみつきそうだ。この時、颯太が俺だけに内密に話してくれた話を、はっきりと思い出していた。
 Noah2とは颯太が開発したプログラムで、大きく分けて三つのセクションで構成されている。
【1‐自動アタックを持つハッキング機能。どのようなセキュリティ更新にも即対応】
【2‐暗号化、非暗号化されたデータの中から、条件に合った検索対象を超高速で検索】
【3‐巨大コンピュータの自己再生、及び対象物を合理的に管理する高性能AIを搭載】
 確かこんな感じだ。
 颯太が個人で作ったこのプログラムは、会社が行ったコンテストでグランプリを獲得していた。だが、自分の許可なく会社に流用されている事は知らなかったようだ。まあ、彼が怒るのも無理はない。人類が滅亡する事が前提でこれを現場で使用するということは、元を正せば颯太が資格者を選んでいることになるのだから。しかもその資格とは〈命が助かる資格〉なのだ。
 だがサラは、颯太の抗議に全く動揺している様子はなかった。
「私は上からの命令に従っているだけなので、何とも言えません。では、説明を続けます。ここはB‐ブロックとなります。選別プログラムによって選ばれた1000人の女性が収容されます」
 顔色ひとつ変えず、マニュアルを読むように淡々と続けた。颯太は唇を噛みしめながら、下を向いている。
「颯太のプログラムがそのまま使われるならば“政府に関わる人間を除外し、国民をランダムに選ぶ”はずです。でもそんな権利は誰にもない。あなた方は神にでもなったおつもりですか」
 俺はここでついに言葉を発した。少し声が震えていたかもしれない。なぜ政府に関わる人間を除外するのかは、颯太は結局教えてくれなかった。
「たとえ自分が選ばれたとしても、選ばれなかった家族や友人に対する気持ちを考えたことがありますか?」
 急に頭の中に愛里の笑顔が浮かんだ。 
「あなたたちの気持ちは分かりますが、時間はこうしている間にも迫っています。一人でも多くの人間を助けるためには、やるしかないとは思いませんか?」
 一瞬ふっと悲しげな眼をすると、ため息をつくように次の言葉を吐き出した。
「たとえ……私たちが選ばれなくとも、ね」
「ですが、Noah2はまだ完全ではありません。問題をいくつか抱えています」
 颯太は少し落ち着きを取り戻した声で、彼女に反論する。
「その通り。そこで最終調整とシステムチェック等を、今日から二か月間この施設でやっていただきます。もちろん施設からは出られませんし、外部との接触も禁止です。なお、選民プログラムによって集められた人との、ここでの接触は厳禁とします」
 言い終わると、デスクの引き出しから腕輪のような物を取り出した。
「これはサンプルですが、本物はもう少し大きく、金色をしています。資格者には、『マーカー』と呼ばれるこの腕輪が郵送されます」
 サラが手にしているのは、ちょうど銀色の時計にそっくりだ。近づいて良く見てみると、金属でできていて文字盤に妙な絵が刻まれている。

 方舟が――ダビデの星の中心に描かれていた。
「その絵は……」
 俺は思い出した。それは紛れも無く、うどん屋の看板に描かれていたものと同じだった。



 五年前


「なあ、海人。この国の政治ってヤツに疑問を持ったことは無いか? 日本の政治ってさ、不透明な部分が多すぎるんだよ。俺はこの国に、そろそろ見切りをつけなくちゃいけないと思うんだ」
 日本新聞社に勤める太田勝利は、深刻な顔をしながら俺の顔を見つめる。
 天気の良い日だった。この日は俺が通う乗馬クラブまで、わざわざ彼は会いに来てくれた。白い柵にもたれ草をむしりながら、久しぶりの再会に会話が弾む。
「先輩の言うことはよく分かりますけど、政治のことは政治家に任せておけばいいんじゃないですか」
 いきなりの政治の話に戸惑ったが、一応答える。抜けるような青空からの強い日差しで、秋なのにすこし汗ばむくらいだ。
 太田さんと俺は近所に住んでいたという事もあり、小さい時からの付き合いだった。親分肌の彼は、俺の事を今も弟のように可愛がってくれていた。
「馬鹿だなあ。政治のプロと呼ぶべき政治家がしっかりしてないからどんどん世の中が悪くなるんじゃないか。外交も弱腰すぎるし、今に日本なんて国はどこかに吸収されちまうぞ!」
 すっくと立ち上がると、俺の目をまっすぐみながら続ける。独特の吸い込まれるような強い眼光だ。
「そこでだ。俺はみんなが本当に幸せに暮らせる『独立国家』を造りたいと思う。良かったらおまえもついてきてくれないか?」
 太い腕を組みながら熱く語る太田さんの姿には、この頃からカリスマ性がにじみ出ていた。でも、そのころの俺はMICに入社したばかりで、まだ学生気分が抜けて無く、太田さんの話を半分も真剣に聞いちゃいなかった。ちょうど愛里と出会ったばかりの幸せ絶頂期で、少し浮かれていたのかもしれない。
「今は仕事で手一杯なので、太田さんの力にはなれそうもありません。本当にすみません」
 この時、もっと真面目に相談に乗っていれば、少しは太田さんの力になれたかもしれない。彼は、本気で俺に相談をしていたのだ。
 まさか本当に組織を作り上げるとは、当時の俺には想像すらできなかった。