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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『地下施設・4210号室』 同時刻


 斉藤はここに着いてから何も食べていない事に気づいた。さっそくたかしに内線をかけると、ちょうどタイミングが良かったようで一緒にご飯を食べる約束をする。
 エレベーターを降り、テナントフロアに繋がるドアを開ける。ドアの近くのベンチで足をぶらぶらさせながら、たかしがもう来て待っていた。
「よお、迷わないで来れたじゃん。ここは何でもあるぜ。何が食べたい? 機械が自動で提供する料理は、栄養価は高いけどなんか味気なくてなあ」
「じゃあ、たかしさんのお勧めの店行きましょうよ」
「そうだなあ。寿司なんてどうだ? 老舗の寿司屋で修業していた人が握ってるんだけど」もう、ちょっと先輩風を吹かしている。
「いいですね。さっそく行きましょう。実は俺、寿司大好きなんですよ」
 肩を並べて二人は歩き出した。
「生の魚は期間限定で地上から提供されるみたいだから、食べられるのは今のうちだよ」
「え、じゃあその後はどうするんですか?」
「数十年分相当の食糧を特殊な方法で冷凍してるって話だぜ。ここは噂が立つとすぐ広まるんだ」
 いい噂も悪い噂も、部屋の端末から伝言板を見れば知ることができた。
「じゃあハルマゲドンの後は、質素な食事に変わるかもしれないですね」
「だな。みんな自覚して節制するようにしないと。いつまでここに閉じ込められるか分からないから」
 話しながら歩いていると、目指す寿司屋の前に着く。
『寿司喰いねえ』というユニークな看板が出ている。その下に小さな文字で、『期間限定』と書いてあるのが面白い。
「へい、らっしゃい!」
 暖簾をくぐると、店員の元気な声がいっせいに飛んでくる。
 大将は、奥で若者にいろいろ指導していた。まあ大将と言ってもかなり若いのだが。店の中は賑わっていて、みんな楽しそうに寿司をつまんでいる。ガラスケースに入ったマグロやイカなどのネタたちは、新鮮でとても旨そうだ。
 大将におまかせでネタを頼み、カウンターに座る。
「凄く不思議なんですけど、報酬が貰える訳でもないのに何故この人たちは楽しそうに働いているんですか?」
「結局……みんな退屈が怖いんだろうな。何かしていないと、いつかきっとヘンになっちまう。あとな、不思議な事に女が欲しいって誰も言いださないんだよ。普通は男が千人もいたら不満が爆発するだろ?」
「そうですよね。このまま何年も男だけなんて、僕なら脱走しますね」
 宙を見上げながら答える。
「俺が考えるに、このマーカーから脳に向かって、衝動を抑えるホルモンか何かが出てるんじゃないかって思うんだ」
「じゃあ外してみたらどうなるんですかね」
 斉藤は気軽に言って、お茶をごくりと飲んだ。
「ほう。いい所に気付いたね。おまえ試しに、ちょっと外そうとしてみろ」
 たかしは悪戯っぽい目をしている。
「分かりました。えーと、これを強引に引っ張ってと。……あれ? 俺いま何しようとしてましたっけ?」
「やっぱりな。外そうって行為をすると、それ自体を忘れちまうんだ。これって何かが脳に送られてる証拠だろ?」
「えーと。あれ?」
 斉藤はまだこめかみを叩いている。ここでおまかせが運ばれてきた。マグロが脂を光らせて食べられるのを待っている。
「そんな電波か何かが、人間の本能を制御してるんだと思う。これって恐ろしいことだと思わないか」
「そうですね。でもいつかは男女ご対面! なんて事になったらいいですね」
「子孫を残さなければならないって、『誰か』が判断したらそうなるかもな。ほら、マグロ旨そうだぞ。喰おう」
 しばらく黙って、二人は新鮮なネタに舌鼓を打ちながら食べ始めた。
「――ひとつ、もっと怖い事を教えてやろうか」
 おしぼりで手を拭きながら、斉藤は話し始めた。
「自分ではマーカーは外せないけど、“他人のマーカーなら”外せるんだ。三日前に試したヤツらがいて、今は医務室で治療を受けている」
「ってことは、つまり……」
 次の言葉を待ってる間に、ごくりと喉を鳴らした。
「自分で自分を傷つけることはできないけど、他人を攻撃することはできるってことだよ。何故かそこはONのままなんだ」
「例えば、この生活に嫌気がさして自殺しようとしても無理だけど、他人に殺してもらうならOKということですか?」
「そうなるな。怖いのは、放射線でこの施設が満たされて俺たちが被ばくしたら……。自殺もできずにじわじわともがき苦しんで死ぬか、人に頼んで殺してもらうかしか選択肢はないってことなんだ」
 たかしは眉間に深いしわを作り、珍しく真面目な顔をしている。
「それはすごく悲しい選択ですね。そういう状況にならない事を祈るしかないです」
 食べ終わると、最後に熱いお茶が運ばれてきた。どうも斉藤は、たかしから聞いた話がショックで後半は味が分らなかったようだ。
「ごちそうさま! 旨かったです」
 大将とスタッフに頭を軽く下げ、二人は店を出た。
 斉藤はたかしにお礼を言って部屋に戻ると、例の手帳を取り出して何やらまたメモを付け始めた。