欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~
『松山自動車道』 十二月六日 同時刻
アイリーンの運転する黒いBMWは、朝の松山自動車道を疾走していた。
ブロンドの髪に深い緑の瞳。傭兵部隊に長年所属していたという経歴もあり、非常にバランスのとれた身体をしている。彼女は英会話学校の講師として、半年前から愛媛入りしていた。だがその正体は、日本政府筋から極秘に送り込まれた暗殺者であった。
『太田勝利』これが今回の彼女の標的だ。かつてのレジスタンスのリーダーであり、今はエターナルの重要人物である。
日本政府は〈二度と独立などという気を、国民に起こさせないようにする〉必要があった。その為にはエターナルを作った『カリスマ』を抹殺する事が一番効果が高いと考えたのだ。
電話の着信音がエンジン音に混ざる。
「ハロー。連絡がずいぶんと遅かったわね。今エターナル本部に向かってる。前金十万ドルの入金を確認したわ。そうそう、脱出用の船を夜までに用意しといてね」
WEB‐EYEを掛けて話しながらも、前の車をするすると追い抜いて行く。
「ああ。フィリピンに向かうコンテナ船に潜り込めるように、手は打ってある。あとで映像を送る」
電話の声は音声を変えているのか、聞き取りにくいようだ。
「今夜イージス艦入港についての記者会見があるの。記者として潜入する手はずは整ってるわ」
「アイリーン。もし失敗してエターナル側に拘束されても、我々との関係を決して口外しないように。健闘を祈る」
(依頼人の顔は分からないけど、この口調は軍人の匂いがするわね)と彼女は感じいた。
「そんなの言われなくても分かってるわよ。それより、残りの報酬しっかり払ってね」
WEB‐EYEを外し助手席に放り投げると、窓を少し開ける。朝の冷たい澄んだ空気を肺いっぱい吸い込むと、仲間と合流するために更にアクセルを踏み込んだ。
ルームミラーに映る緑の瞳は、朝日を浴びて猫のように光っていた。
作品名:欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~ 作家名:かざぐるま