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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『地下六十階』 十二月三日 



 俺は颯太の作業部屋の前で首を傾げていた。
 あと一時間程で颯太はプログラムを書き換えるだろう。結果が変わることは無いにしても、颯太が誰あてにマーカーを送るのかどうしても知りたかった。パスカードをカードリーダーにかざすが、ドアがロックされているようだ。
「颯太! 話があるんだ。開けてくれ!」
 ドアを激しく叩いたが全く反応がない。その様子をどこで見ていたのか分からないが、サラがゆっくりと近づいてきた。その口元には軽い微笑が見える。
「どうしたの? 血相を変えて」
 まるで、道に迷っている人に手を差し伸べるような優しい声で話しかけてくる。
「ドアがロックされていて開かないんです。今までこんなこと無かったのに」
「きっと故障よ。私が後でチェックしてみるから、あなたは持ち場に戻りなさい」
 これも決まった筋書だろうと考えたが、ここは一度引いた方がいいと判断した。
「はい。では直ったら必ず連絡して下さい」
「分かったわ。そうそう、もうすぐこの施設の仕事も終了するわね。本当によくがんばってくれたわね」
 天使のように微笑み、サラは元来た道をまたゆっくりと戻っていった。
(あの笑顔の下には、冷たい別の顔があるんだよな)
 あの日サラと颯太とのやりとりを聞いていなかったら、きっとこの笑顔を信用していたに違いない。これからは特に、信用できる人とできない人をちゃんと把握しておかなければならない。

 九十分ほどすると、サラから内線がかかってきた。故障が直ったのでもう大丈夫らしい。
 はやる心を押さえながら、廊下を早足で歩く。今度はスムーズにドアが開き、颯太がまるで待っていたかのようにこちらを向いて椅子に座っていた。
「颯太、久しぶりだな。元気だったか?」
 最初の言葉がそれしか出てこなかった。
「先輩は元気そうで何よりです。今日は何か用ですか? あ、こないだはヘンなことを言ってすいませんでした」
 すっと立ち上がると、申し訳なさそうにぺこっと頭を下げた。
「うん。今日はそのことについてちょっと聞きたいんだが」
「いいですよ。何でも聞いてください」
 颯太はこないだと別人のように機嫌がよく、この瞬間はまるで俺たちは昔に戻ったようだった。
「昨日さ、ここでサラと会ってただろ? ちょうどお前に用事があってこの部屋に来たんだ。何か言い争っている感じだったから、思わず隠れしまった。それで……」
「――聞いてたんですね。全部ですか?」
「ああ。サラって人は、本当はすごく冷たい人だったんだな」
「あの人というか、人間は生き残りたいって本能が元々ありますからね。しょうがないですよ」
 目を伏せ溜息を深いついた。
「生き残る可能性があればそれに賭けるのが……人間か」
「そうです。先輩はもう生き残るチケットを手に入れてますからね。危機感が湧かないのは当然ですよ」
 気怠げに椅子に腰を下ろし、机を指でトントンと叩き始める。
「ところで颯太。先に聞きたいんだが、書き換えはうまくいったのか?」
 何気ない風を装って俺は颯太に尋ねてみる。ここからが本題だ。
「ええ。時間との闘いでしたが、きっちり二人分書き換えました」
 長い時間がここで流れる。颯太も目をつぶって次の質問を待っているようだ。
「誰に書き換えたんだ?」
 颯太は目の前の珈琲を飲み干すと、少し戸惑いながら口を開く。
「サラと……僕です」
 俺は期待していた答えと違っていたことに落胆した。しかし、そんなに甘いものじゃないと心のどこかでは理解していた。
「そうか」
「先輩。さっきも言ったように、人間生きるか死ぬかの選択の時には、結局自分を選んじゃうんですよ」
「よし、愛里は自分で何とかする。だが、少し調べてほしいことがあるんだ。この施設の本当の目的の事だ」
「なんですか? 僕にできることなら何でもしますよ」
 俺の言った言葉をどう受け取ったか分からないが、自分を頼ってくれて嬉しいという感じだ。
「選別プログラムで人を集めたまでは分かる。しかし集めてどうする。地上に誰もいなくなって、この地下だけで人類が生きていくって事は本当に幸せなのかな」
 椅子を持ってきて、颯太と同じ視線の高さにして続ける。
「東京ドーム数個分の敷地面積と聞いているが、しょせんここは隔離された地下施設だ。本当の空はもう一生見られないかもしれないんだよな」
「でも生き残れたらいつか可能性はあるんじゃないですか。最高の研究室もありますし、未来の人たちに託しましょうよ」
「違うんだよ、颯太。本当に『愛する人がいない場所』で、生き残ってもそれが幸せじゃないと思うんだ」
 俺は分かってもらおうと必死に話した。
「分かります。けど、施設には男女一〇〇〇人ずついるんですよ。これは勝手な想像ですが、きっと将来的にお見合いかなんかして子孫を残して行くんじゃないかなって思ってます。そこで『愛する人』が見つかるかもしれませんよ」
 情熱的に話しながらも、俺から眼を逸らしている。一体なんだろうこの違和感は。
「とにかく資格者の条件の答えは無理かもしれないが、漠然とした目的でもいいから分かったら教えてくれ」
「はい。あの……僕、愛里ちゃんのことあきらめましたから。今まで本当にすいませんでした」
 すっと立ち上がり頭を深く下げる。
「うん。後でサラにまた同じ部屋にしてもらえるように頼んでくれるか。やっぱ俺、颯太と一緒に仕事したいんだ」
「分かりました。頼んでみます。もう少しでこの仕事も終わりますね。ラストスパートと行きましょう!」
 少し固い笑顔の颯太に軽く手をあげて、部屋を後にした。
 もやもやした気持ちは晴れそうもなかったが、俺はこれから早急に脱出の段取りをしなければならない。もうあまり時間が無いのだ。
 数日間睡眠を削って必死に調べた結果、ボイラー室の奥に非常用のはしごがあるのが分かった。これはまさに命がけのチャレンジになるだろう。

 何故なら施設の外の狭い空間を、500メートル近く登るのだから。

 二日後


 あれからあっという間に二日が経った。いよいよ今夜、脱出決行だ。これは颯太にも話していない。俺は颯太の端末の前まで行くと、選民プログラムをモニターに表示させてみた。
【A‐0975 B‐0958 C‐10000 D‐0000】という数字が表示される。ほぼ収容は終わっているとみていいだろう。
「颯太、A‐ブロックの残りがあと二十五人なんだが、おまえにはマーカーまだ来てないよな。大丈夫なのか」
「大丈夫ですよ。きっと明日か明後日には来ますって」
 こちらを全く見ずに答えた。ちなみにサラにはもう届いているようだ。彼女はいつもよりかなり上機嫌に仕事をしているらしい。
「ところで、資格者の条件って何か分かったか?」
「いえ、分かりません。けど……これを見てください」
 踊るような指先で端末を素早く操作すると、A‐ブロックのリストがモニターに表示される。
【0001-[5] 0002-[6] 0003-[4] 0004-[4] 0005-[7] 0006-[6] 0007 -[3]……0975-[6]】と数字が975まで並んだ。
「このカッコ内の、ひと桁の数字は何を意味しているんだろうな」