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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『北朝鮮・捕虜収容所』 十二月三日 深夜



「とりあえずミッション成功ですね、少佐」
「ああ、だがこれからが勝負だぞ。ミスがすぐに命取りになる」
 北朝鮮の捕虜収容所C区画に米国人捕虜三名が新たに収容された。ブライアン少佐と部下のサム、マクガイヤーの三人である。
 先月極秘に潜入し逮捕された“捕虜五人の救出作戦”を成功させるには、自分たちがわざと捕まるしか方法が無かった。韓国からの金剛山ツアー客に紛れ込んで潜入し、『当初の計画どおり』逮捕された。

 深夜になり三人は作戦を開始した。
「少佐、準備完了です。それでは開錠を始めます。マックはドアの外を見張ってくれ」
 白人のサムは脇の下の皮膚を切開してICチップを取り出した。多少出血が見られたが、軍人にとってこの程度はケガに入らない。
「開錠にかかる時間は? あと十分で見張りがくるぞ」
 左腕の時計を指さしながら少佐は鋭く聞いた。
「はっ、五分程度かと」
 サムはしゃがみ込むと、慣れた手つきで開錠作業にとりかかった。きっかり5分後、電子音のあとカチッと乾いた音がしてドアが開く。
「迅速に行動しろ! 捕虜はB区画にいる。内部の協力者により、武器は南東にある消火器の箱に入れてあるはずだ」
 少佐を先頭に三人は注意深く、だがすばやく部屋を出た。
 角を曲がった所にある消火器の入れ物の中に、鈍い色をした拳銃が3丁押し込んであった。
「九時の方向に敵!」
 サムが鋭く合図する。三人は慣れた様子で壁を背に素早く身を隠す。通過するのを待ち、マックが後ろから太い腕を巻きつけ敵の首を捻った。
「クリア!」
 さすがだなという風に、サムは笑顔でマックの肩に軽くパンチをする。
 左に曲がるとすぐにB区画の監房の前に出た。幸いな事に見張りは誰もいない。
 遠くの方で看守の詰所だろうか、テレビの音とコーヒーの香りがしている。音を一切立てずに目的の監房の中を覗くと、簡素なベッドの上で五人の男が寝ていた。
「助けに来たぞ。起きろ!」
 静かな、だが鋭い声でブライアンが起こそうとする。もぞもぞと五人が立ち上がり、けだるそうにドアの近くに来てこちらの顔を覗き込む。眼だけがギラギラ光り、寝ぼけてはいないようだ。
「救出作戦ですか? ですが我々は一緒には行きません」
 一番年上だと思われる男が、静かな声で問いかける。
「なぜだ! 我々と一緒にここを脱出するんだ。君たちは助かるんだぞ!」
 サムが手を大きく広げ、懸命に説得しようとする。
「私たちは金政恩国家主席に忠誠を誓いました。助けは不要です」
「何を言っているんだ! まさか……お前たち洗脳されたのか?」
 ブライアンの顔は、作戦の破綻を悟った者特有の絶望した顔だった。
「本来の自分のあるべき姿に戻っただけです。でも、せっかく助けに来ていただいたお礼に……」
「敵だあああああああ!」
 突然、監房の中の五人が狂ったように叫び出す。ブライアンは信じられない眼で男たちを見つめたまま拳銃を強く握り直した。だが、その手のひらは絶望の汗でぬるぬるとしていた。
 すぐにけたたましい非常ベルが施設中に鳴り響き、自動小銃を構えた大勢の兵士が両側から少佐たちを包囲する。
「いいですか、少佐。人類は一度リセットしなければならないんです」
 男が監房の窓から少佐に言い聞かせるようにそっとささやいた。ホールドアップした体勢のまま、三人の拳銃が奪われる様子を彼らはじっと見つめている。その眼は宗教にどっぷり浸かった〈信者の眼〉そのものであった。
 今度三人が連行される建物は――衛星でどんなに探しても、決して見つかる事は無いだろう。