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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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胎動


 2023年、秋も深まり薄手のコートが必要になってくる頃……。

 俺と部下の颯太は、本社からの極秘命令で四国に来ていた。
 共に同じ大学出身で、マルチメディア・インターナショナル・コーポレーション、略して『M・I・C』の東京本社技術担当官に配属された。主に巨大コンピュータを扱う業界トップクラスの会社である。
 颯太は変わった経歴の持ち主で、入社する前はネットの世界で「天才ハッカー」とか「クレイジープログラマー」などと言われていたらしい。そのせいで革新的な『Noah2プログラム』を作った本人ではないかと社内でウワサになっていたが、俺の目から見たらまだあどけなさの残る若者だった。
 松山空港で出迎えてくれたのは、MIC愛媛支部の女性技術官二名だ。
 一人は冷たい表情をした背が高い女性で全く話しかけて来なかったが、もう一人は背が小さくて笑顔がキュートなお姉さんだった。その笑顔のまま、パスカードを優しく俺たちの首にかけてくれた。
「こんにちは。東条海人(かいと)さんですね。そちらは立花颯太(そうた)さん? 遠い所からお疲れ様でした。もうこちらは朝晩相当冷え込みますが、東京の方はいかがですか?」
 手に持ったファイルで名前を確認しながら、俺に微笑みかける。
「東京も同じですよ。本社の社内食堂では、おでんや鍋がもう始まりましたからね」
「え、先輩は愛里(えり)ちゃんの手作り弁当だから、関係ないじゃないっスかー。ところでお姉さんのお名前は?」
 颯太は可愛いお姉さんを見ると、すぐに名前を聞きたがるクセがある。
「美奈です。本当は教えちゃいけない決まりなんですけど」
 人懐こい笑顔に負けて、美奈は思わず答えてしまったようだ。
(しかし社会人としてだな……コイツにはまず敬語の基礎から教え直さないとダメだ)と考えながら、黒塗りの車の後部座席に乗り込んだ。さっき颯太の言っていた愛里とは、俺の彼女で颯太の同級生だ。その愛里も同じMICに勤めている。
 空港から少し車で走ると、のどかな自然の風景が続く。車窓から時折見かける人々は、みな優しそうな顔立ちでのんびりと歩いている。
「お二人とも聞いてたより男前だから、ドキドキしちゃいました」
 助手席から美奈が、お世辞を言いながら後ろを振り向く。
「美奈さんお世辞がうまいですね。ま、先輩よりはおっとこまえですけど」
「……えー、立花颯太くんのボーナス査定は、たった今急激に下落しました」
「カンベンしてくださいよおお!」
 まあ確かに颯太は、こざっぱりとした短髪で顔も小さくおしゃれな若者だ。細くしなやかな身体とその顔なら、ジャニーズの後ろで踊っていても違和感はないだろう。
 美奈との会話と車窓からの景色を楽しみながら、四十分ほど走っただろうか。
「着きました」
 車は田んぼの中にある民家の駐車場に滑り込んで行くと、静かに停まった。
「MIC支部に行くと思っていましたが、ここは?」
 意外な場所に降ろされたと思い、俺は周りを見回した。
 なんの変哲も無い普通のうどん屋である。古い民家を改装した作りで、目立たない位置に小さく『讃岐うどん』と書いてあるだけだ。
「先輩、たぶん隠れ名店かなんかですよ。隣の県は讃岐うどんが超有名ですし、ちょうどお昼時で腹ペコですよ」
 車を降りると、大げさにお腹を押さえる仕草をする。
「だといいな。俺も腹減ってたんだ。颯太は確か、かつ丼が一番の大好物って言ってたよな。ひょっとしてメニューにあるかもしれないぞ」
「先輩のオゴりなら何でも大好物です!」
 軽く噴き出した。コイツはいつもこんな調子だ。全員車から降りると、美奈が先頭になり店の玄関に歩き出す。
(ん、なんだ?)
 視界に看板が目に入った瞬間に足を止めた。颯太も目を細めてそこを見ている。改めて看板をよく見てみると、右下の部分に何か妙な絵が描かれていた。風にゆらゆらと揺れている〈本日休業〉と書いた札がそこを微妙に隠していた。
「この店の奥が入口になっています」
 気になって近づいてみようとしたが、美奈が急かしたのでよく見る事ができなかった。
 店内に入った時の、颯太のこわばった横顔が妙に印象に残っている。颯太もさっきの妙な絵に多分気づいていたんだと思う。
 店の奥には隠されたエレベーターが、巨大な冷蔵室の中で口を開けていた。全員無言で乗り込むと、背の高い方の女性が暗証番号を手早くパネルに入力する。すると地下六十階まで、あっという間にエレベーターは下降していく。
「地下六十階って普通じゃないですよね。一体ここは?」
 自分の声がくぐもって聞こえる。耳がキーンとするので、ドアが開くと俺は口を大きく開けた。
「残念ですが、私たちにはご質問にお答えする権限がございません。これからご案内致しますので上司から直接お聞きください」
 美奈の口調は今までと違い、急に事務的になっていた。ひょっとして、監視カメラでもどこかにあるのだろうか。
 しばらく無機質なリノリウムの床が続く。もうどれくらい歩いただろう。ここは異様に広く、空間は少し熱気を帯びているようだ。きっと部屋数も想像もつかないほど多いに違いない。何となく空気の重苦しさを感じて、俺は少し頭痛がしてきた。
「あの、先輩。この施設はもしかして」
 美奈たちに気付かれないような小さな声で、颯太が耳打ちする。
「何か心当たりがあるのか?」
「先輩には前に内緒で話しましたよね。Noah2、つまり僕が基礎を作ったプログラムが……」
「まさか、この地下施設で発動されたのか」
 もしそうなら、この出張は“ただの出張では終わらないかも”しれない。
「ここには十分な食料と広い寝室もございますし、仕事以外の時間は非常に快適だと思いますよ」
 歩きながら、美奈が事務的な笑顔で説明をしている。だが俺は、今この瞬間も誰かに監視されてるような薄気味悪さを感じていた。
 コツ、コツ、コツ、と四人の足音だけが広い廊下に響く。
 やがて『総括本部』と書いてあるドアの前で立ち止まると、俺たちを残して美奈たちはそのまま立ち去った。
「また、美奈ちゃんに会えるといいですね」
 颯太は彼女たちが立ち去った方向を、名残惜しそうに見ている。
 それに答えず、入口で渡されたパスカードを首から下げたまま機械に近づけると、音もなく厚い扉が開いた。
「あら、早かったわね。東京からわざわざご苦労様です。あなた達が本社のエリート技術担当官ね。期待しているわよ」
 耳触りのいい女性の声が出迎えてくれた。
「うぉ!」
 俺と颯太は同時に息を呑む。
 そこには髪はブロンドで目は青く、しかしどこか冷たい感じの美人が俺達を見つめていた。部屋の中の空調に混ざって香水だろうか、かすかにフローラルの香りが漂ってくる。それにしても、まさかこんな美しい女性が上司だとは思わなかった。
 ふと颯太を見ると、美人を見た時のいつもの反応と少し違っていた。この時、俺には分からない何かを、彼女から感じ取っていたのだろうか。
 ネームプレートには『サラ・ペーターソン』と書いてある。俺が返事もろくろく出来ずに見とれていると、彼女の形のいい口から驚くべき言葉が飛び出した。