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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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交錯


『MIC東京本社・社長室』 十一月三日 


 吉永茂は愛里の父親であり、MICの社長でもある。彼は一代でこの巨大コンピュータ会社を立ち上げ、いまでは世界各国に支社を持つ大企業のCEOだ。
 広々とした社長室には狩猟が趣味なのだろうか、大型の鹿のはく製が壁に飾ってあり、趣味のいい応接セットが置いてある。壁一面に並んでいる本棚には古代文明に関した本が並んでいた。
 身のこなしもまだ若々しく、ダークなスーツが良く似合うやり手の官僚という感じだ。切れ長のどこか人を惹きつける目は、愛里にそっくりである。忙しいスケジュールを縫って、茂は娘と久しぶりの親子の会話を楽しんでいた。
「ところで愛里。サラから聞いたと思うが、私たちの住む地球が今非常に危険な状態にあるのは知っているか?」
 急に真面目な顔をして切り出した。
「パパ、私には遠回しに言わなくてもいいのよ。北朝鮮からの核弾頭ミサイルが、核戦争のトリガーになるって話ね」
「そうだ。世界中の混沌とした情報を、何度も洗い直して分析した結果、行きつく先は……核による報復戦争だ」
「でも、日にちまでハッキリ分かっているのはどうして?」
 不思議そうに首を傾げながら聞いた。
「簡単なことだ。北朝鮮の軍事に関するコンピュータシステムは、私の会社が北朝鮮政府から発注を受けて作った。アメリカ政府の圧力で、そこに誰にも分からないよう密かにスパイプログラムを埋めたんだ」
 いったん言葉を切りソファに座り直しながら、苦渋の表情で続ける。
「もうすでに発射プログラムがカウントダウンを始めている。それを受けて、アメリカやヨーロッパの政府機関が北朝鮮に工作員を数十人送り込んでいるのだが、通信が途絶えたまま戻って来ないらしい」
「怖い話ね。ねえ、スパイプログラムから干渉させて、発射を止める方法はないの?」
「ああ。絶対に発見されてはいけないプログラムだから、こちらに出来ることは受信のみなんだ。もし発見されたら国際問題になりかねない。そして、その瞬間から私は常に命を狙われることになるだろう」
「もう――誰にも止められないってことね。ミサイルの着弾地点はどこ?」
 父の立場が心配なのか、悲しい眼で問いかける。
「沖縄の嘉手納基地と、韓国の鳥山空軍基地に同時に着弾するらしい。アメリカは当然報復攻撃を行うだろう。そしてそれは拡大し、瞬く間に世界規模の核戦争に発展する可能性がある」
「気を悪くするかもしれないけど、ひとつだけ聞いていい? 人類を残そうとするパパの計画は偉業だと思うわ。資格者を選ぶ詳しい基準はパパしか知らない事だけれど、自分が選ばれなかった場合には、特権を利用して施設に入ろうって考えた事はないのかなって」
 少しの間、親子の間に沈黙が流れる。
「あるさ。正直、人間の生存本能は逆らい難いものがあるからね。特におまえだけは無理にでも施設に入れて、生き残って欲しいと考えていた。私の一人娘なんだから」
 父は娘の目を、愛情のこもった瞳でまっすぐ見据える。
「だが、それはフェアじゃない。わが社の作った軍事システムを経由して多くの人が死んでいくのだから、特権なんて持っちゃいけない。未来を生きる素質を持つものと、その可能性がある者だけが資格者だ。そしてそれは、もうほとんど選出が終わりつつある」
 娘の手首に悲しい視線を落とし、ため息をついた。
「ねえ――パパ、いい知らせもあるの。那智博士と取引がうまくいきそうなのよ。博士のL・D・Fの技術を使えば、何年後になるかは分からないけれど、人類はまた地表で生活できるかもしれない」
「そうか。その装置が本当に使えるものであるならば、L・D・Fの技術に資金提供する価値はある。組織に気付かれないように、博士の協力を取り付けて欲しい」
「分かったわ。レジスタンスの動きが何か他に分かったら、また報告に来るわね」
 愛里は社長室を出て行こうとしたが、思い出したように振り返った。
「組織の強硬派は、地下施設を乗っ取る計画を立てている可能性があるわ。太田は反対しているけどね。パパ、心配そうな顔しなくても大丈夫よ。私はもう大人だから」
 母の死因を、父は時間と大金を使って調べたが、結局途中で権力の壁に突き当たってしまったらしい。愛里は父のため、自分のためにレジスタンスのメンバーになり太田の手を借りる道を選んだ。
 とびっきりの笑顔で愛里は微笑むと、社長室を後にした。図らずも二重スパイという立場になってしまった辛さを、父に悟られないように。



『地下六十階・B‐ブロック コンピュータ室』 十一月二十五日 


 俺は考えていた。颯太との関係が、あの日からぎくしゃくしているのはこの腕輪のせいに違いないと。あれから颯太はあまり俺としゃべらなくなり、美奈に無理に頼んで仕事部屋を別に用意してもらっていた。
 この施設に残って生き残る人たちと、施設の外で生きることがほぼ絶望な人たちは根本的には分かり合えないだろう。生き残る人への羨望が、次第に憎しみの感情に変わってしまうのも無理はない。これからひょっとすると颯太にもマーカーが届くかもしれないが、すでに選民プログラムは男女とも八百人を超え、颯太に届くのは非常に低い確率であると言えるだろう。
(颯太ならこの後どうするか)
 それを考えると必ずひとつの結論に行きついてしまうのだ。颯太なら……。このシステムの母体ともいえるNoah2を開発した本人が、自分が選ばれてないということを知ったら、やることは一つだ。
 あの『天才ハッカー』と言われている若者は、施設に残れるように天才的な手を打つに違いない。そして俺はそんな颯太を見ても、見なかったふりしてしまうだろう。なぜなら俺に初めてできた、弟のようなかわいい部下なのだから。
 ここではっと気がついた。俺は颯太も助かって欲しい。なら、そのためにはここのルールが何であろうとも、積極的に颯太に協力するべきではないかと。
 すぐに席をたち、颯太が作業している部屋に早足で向かった。
 パスカードをかざすとドアが音もなく開き、颯太の後姿が見えた。作業に没頭しているらしく全くこちらに気付いていない。
「颯太、ちょっと大事な話があるんだが聞いてくれないか?」
 ビクっと肩を震わせて手が止まった。そしてゆっくりと椅子ごとこちらに向き直る。
「何か用ですか。仕事中なんで手短にお願いします」
 少し痩せたように見えるが、目だけはギラギラしている。そして言葉にあまり抑揚を感じさせない。
「俺も協力させてくれないかな。おまえの力になりたいんだ。なあ、颯太なら選別プログラムを自由に変えたりできるんじゃないか」
「……無理ですよ。どんなファイアーウォールも突破するNoah2でも、自分の目で自分の脳が見られないように、選別プログラムだけは、発動してからは誰にも止められないんです」
 何をいまさらという感じであきれたように答えた。
「やれるものならとっくにやってますよ。僕はともかく愛里ちゃんだけは助けたいですからね」
「愛里? 家族を助けるってんじゃなくて、愛里を助ける? なぜだ」
 ここで颯太の口から愛里という名前が出るのはヘンだ。意外すぎて、俺は動揺を隠せなかった。