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かざぐるま
かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『地下六十階・B‐ブロック コンピュータ室』 同時刻



「せんぱああああい! もう限界です。抜け出して息抜きに探検に行きましょうよー。この施設にビーチがあるって話ですよ」
 颯太は自分の椅子をくるくる回しながら叫んでいた。声が大きくなったり小さくなったりして聞こえてくる。
「そうだよなあ。こう端末と毎日にらめっこじゃあ精神的にまいるよ。で、ビーチがあるって? 一体誰に聞いたんだ」
 不思議に思い颯太に尋ねた。本当に何もかも忘れて海に飛び込みたい。
「いやー。あの美奈ちゃんですよ。最近よく話すんです。スリーサイズも大体把握しています」
 颯太にとって美奈と話す時間が唯一の癒しの時間のようで、彼女が差し入れに来た時はにこにこしながら楽しそうに話していた。
「おまえいつの間にそんなに親しくなったんだよ。『リアルハッカー颯太くん』って呼ぶぞ」
「いやー、美奈ちゃんがつい口を滑らせた感じで、ビーチもあるけど私たちは入れないんですよーって」
「もし行けたとしてもさ、女性しか泳いでないビーチってのは勇気いるよな」
 俺たちの今のアクセスレベルだと、各部屋のセキュリティシステムは把握しているのだが、そこに実際何があるのかは分からない。広い施設なのは知っていたが、そんなものまであるとは。俺も本気で抜け出してやろうかと思ったその瞬間、後ろのドアが開き噂の美奈が入ってきた。
「東条さん、これ届け物です。大事なものですので、あとで部屋に行ってから開けてくださいね」
 そう言って部屋を出て行こうとしたが、思いついたように振り返った。少し茶色に染めた髪が良く似合っている。
「お二人とも頑張って下さいね。頑張ったらわたし、後でお部屋にマッサージしに行っちゃうかもしれませんよ」と言ってウインクしたあと、部屋を出て行った。
 ふと、颯太の方を振り向くと、どこから出したのかタオルを頭に巻き、腕まくりしながら高速タイピングをはじめていた。
(なんて単純なヤツなんだ)と吹き出したくなるのをこらえながら、美奈から受け取った封筒をまじまじと見てみる。
 何か少し重いものが入っている。後で部屋に帰って開けてみようと机の上に軽く放り投げ、俺は颯太に負けじと端末にかじりついた。

 俺が自分の部屋に戻ったのは夜中の二時をまわった頃だった。いつものようにシャワーを浴びて、風呂上がりのオレンジジュースを飲んでいると颯太から内線がかかってきた。
「せんぱあああい! こんなに俺がんばったのに、美奈ちゃん訪ねて来ないんですけど!」
「はっはっは! 残念だったな。俺んとこにも来てないよ。はい、おやすみ」
 腰に手を当てて答え、受話器をおいた。
 そこでふと封筒のことを思い出した。お気に入りの小物入れからペーパーナイフを出し、丁寧に開封してみる。
「おめでとうございます! あなたは選ばれました! ただちにマーカーを手首にはめてください。なお、二十四時間以内に本人照合が行われない場合、権利は消滅します」
 なんだ? これは。マーカーってもしかして……。

「先輩おはようございます!」
 颯太の元気な声がメインコンピュータ室にこだまする。
「ああ、おはよう」
 昨夜あれから眠れなかったのもあるが、手首にマーカーをはめてから何故か少し頭が重い。
「先輩今日は寝不足ですか? なんか元気ないですね。まさか昨夜美奈ちゃんがマッサージに?」
 じーっと俺の目を覗き込む。
「いや、あれからすぐ寝たよ。ところで、ちょっといいか」
 何かいつもと違う雰囲気を感じたのか、颯太も真面目な顔をして近づいて来た。
「これを見てくれ」
「先輩、何ですかゴツい金のブレスレットなんかしちゃって。おっさんがする時計みたいですよ」
「うん、これが昨日の封筒に入ってたんだ。着けた瞬間に手首に軽い痛みが走って、もし外したら権利を失うみたいな事を言われたんだよ」
「そんな気味の悪いもの外しちゃえばいいじゃないですか」
「それがさ、これ生体組織と一体化しているらしくて外せないんだ」
「これってどこかで……あっ!」
 ここで颯太が叫んだ。目があって俺も頷いた。サラが見せてくれたサンプルに良く似ている。文字盤のところにある絵に気付いた颯太が、何故か歯切れ悪く話し始めた。
「それは……。実は前からその紋章の事は知っていました。『ダビデの星の中に船』ですね。古代から伝わる、選ばれし者だけがつける事を許されたしるしです」
 よくみると船の帆の部分に小さくM・I・Cと書いてある。俺はごくりと唾を飲みこんだ。
「先輩は……選ばれましたね」
 颯太は羨ましいという感情と言うよりも、もっと違う感情――例えるなら少し怒りを含んだ声でつぶやいた。