グランボルカ戦記 7
「・・・実は、君をアストゥラビまで下げるという話が出ている。僕が今日君に話したかったのはその話なんだ。あの国は揉め事は多いけど、グランボルカ国内よりはバルタザール派が手出ししづらくなるからね。最前線に居るよりもそっちのほうが安全だという事になったんだ。」
「それでは、扉を閉じることができないではないか!」
「君は鍵じゃない。姉さんとジゼルさんがいれば扉を閉めることはできるんだ。君は・・・ただの子供だ。ただの子供を危険に晒すわけにはいかない。」
「子供じゃと!」
「ああ、子供だ。僕もアレクシス皇子も姉さんもジゼルさんも、君を危険に晒したくないということで一致した。」
「じゃが・・・リュリュは、今まで一緒に・・・」
「君が一緒に戦ってきたことが間違いだったんだ。君は戦争なんか知らなくていい。戦争は僕らがする。君は、平和な土地で心穏やかに成長してほしい。それが僕達の願いだ。」
「この・・・わからず屋!なぜリュリュの気持ちを考えてくれぬ!リュリュは・・・リュリュは!」
「君の気持ちを考えていないわけじゃない。それでも君を一緒に連れて行くリスクは冒せない。」
「ユリウスも兄様も姉様もエドも大馬鹿者じゃ!」
リュリュはそう言ってその場から逃げ出した。
「追いかけてやれよ。」
木の枝に逆さまにぶら下がるような格好で現れたレオが言うが、ユリウスは首を横に振った。
「僕なんかが追いかけるより、アレクシス皇子のほうがいいだろう。アレクシス皇子のところに行くよ。仕事は僕が代わる。」
「追いかけろって。」
レオは木の枝から飛び降りると、立ち去ろうとするユリウスの肩を掴んでそう言った。
「だから僕なんかが・・・。」
そう言って振り返ったユリウスの目にはいつもとは違う真剣な表情のレオが映った。
「お前が追いかけろ。お前が泣かせたんだから。」
「だけど・・・。」
「アリスさんとエドのこと以外もないがしろにするなって昨日言ったよな。」
「・・・。」
「あの子のお前に対する感情が何なのかは俺にはわからねえ。でもな、同族嫌悪にせよ、恋にせよ、兄弟愛にせよ、お前に対して親しみを持っていることは確かだ。お前だってあの子に対して何も思わないわけじゃないだろう。」
「そりゃあ、彼女は歳の割にしっかりしているし、尊敬している部分だってある。」
「尊敬している相手に対して、さっきのあれはちょっと説明不足じゃないのか?」
「・・・それは、そうかもしれないけど。」
「もう一回だけ言うぞ。追いかけろ。」
「わかった・・・レオ。」
「ん?」
「ちょっと遅くなるって皇子と姉さんに伝えておいてくれ。」
「あいよ。」
そう返事をして笑うと、レオはユリウスの背中を一度軽く叩いて後ろを向いて歩き出し、ユリウスはリュリュを追って走りだした。
ユリウスにとって計算外だったのはリュリュが城の正門を通らずに城外に出たことだった。
城内でどうしてもリュリュを見つけ出すことが出来ずに、エドを通してアンジェリカに相談をしたところで、抜け道の存在が発覚し、そこからリュリュが通った痕跡が見つかった。
「城外に出たのは間違いないようだな。よし、街の門兵へ伝達。門を閉めて人っ子一人通すなと伝えろ。私はリュリュを探しに出る。フィオリッロ卿は街の抜け道の配備を。」
「はっ。かしこまりました。」
アレクシスは手近な兵士とアンジェリカにそう指示を出すと、城から街への抜け道となっている井戸へと飛び込んだ。
「僕も行きます!」
周りの皆に比べて体力面で劣るユリウスではあったが、決して病弱というわけではない。アレクシスにつづいて井戸に飛び込むと、アレクシスの持っている松明の灯りを頼りに街へ出るための横穴を歩き出す。
「・・・すみません。僕の伝え方がまずかったからリュリュは。」
「いや。リュリュの性格からして、ワガママを言うのは想像できたのに、ユリウス王子一人におしつけてしまった僕達にも責任はあるよ。」
「リュリュは!・・・リュリュはワガママな訳じゃありません。」
まるで自分のことのように声を荒らげかけ、慌てて取り繕うように声を潜めたユリウスを見て、アレクシスは一瞬だけびっくりしたような表情を浮かべた後で笑みを浮かべた。
「リュリュのこと、よくわかってくれているんだね。」
「理解できていたら、怒らせることもありませんでした。・・・アリスだって、きっと僕の理解が足りないから。僕が頼りないから。」
「アリスは見込みのない男の世話を焼くほど男を見る目がないわけでも、博愛主義者でもないよ。それにアリスがふらっといなくなるのはいつものことだ。彼女は旅芸人出身だから、フラフラせずにはいられないんだよ。まあ、いずれにせよ今回の件はユリウス王子には相談できなかったからね。」
「それはやっぱり僕が頼りないから。」
そう言ってうつむくユリウスを見て、アレクシスが首を振った。
「違うね。メイに聞いたところだと、今までこういう不祥事の始末はすべてヘクトールやシエルがやってくれていたらしいし、アリスもユリウス王子と一緒にいるうちにそこには気づいていたんだろう。だからまずはメイやヘクトールに連絡を取ろうとしたんだと思うけど、メイはアリスの面会に行くほど仲良くないし、ヘクトールはジュロメを守ってくれているからこの街にはいない。そこで丁度面会に来たのがシエルだった。しかもシエルは自分で始末をつける気満々。となれば、それを手伝ってカズンの仇を打つ。まあ、見てきたわけじゃないからはっきりとは言い切れないけど、アリスの考えはこんなところだと思うよ。」
アレクシスはそう言って、苦笑しながらため息を付いた。
「本当に、うちの姉さんには困ったものだよ。」
「え?ジゼルさんですか?」
「ああ、ジゼルも姉だけど、アリスも姉みたいなものだからね。あれをしろこれをしろって煩いのなんの。まあ、お陰で例え皇子の座を負われても一人で生きていくくらいのことはできるようになったけど。・・・良し悪しだね。」
「僕もキャシーのお陰で色々できるようになったので、その気持ち、すごくわかります。」
「キャシーはアリスほど手が早くないだろう?。」
「まあそれは・・・でも、ああ見えて怒ると怖いんですよ。普段から活火山のようなメイと違って、普段はまるで火山じゃないかのようにしている休火山ですから。噴火した時のギャップときたら大変なものです。それにどう対応したらいいかわからない。」
「なるほど。確かにアリスに怒られるよりも普段おとなしいクロエに怒られた時のほうが怖かったからな。そういうの、わかる気がする。」
二人は一度顔を見合わせて苦笑いをしてさらに歩を進める。
「アリスはともかく、クロエさんに叱られるって、一体どんなことをしたんですか?」
「あれは僕も悪いんだけど、レオがグランパレス城の外に一緒に出ようって言い出して。」
「レオが?」
「ああ。レオは父上・・・バルタザールの親友の息子だからね。昔からよく遊びに来ていたんだ。それで、レオの提案した脱出方法が、おとなしくてあまり文句を言わないクロエのスカートの中に隠れて街へ出るって方法だったんだ。」
「・・・まさかそれ。」
「頼んだ。そしたら泣きながら腕をブンブン振り回して怒りだしてね。」
作品名:グランボルカ戦記 7 作家名:七ケ島 鏡一