僕達の関係
めーちゃんは困惑しつつ、僕を上目遣いで見ながら言った。
しかし、僕は何を言って良いのか分からず、思わず目を逸らしてしまう。
「あれぇ? もしかして桐野サンはぁ、宮間クンに彼女がいたらいけない理由とか、知ってたりするんですかぁ?」
「そ、それは――さ、さとくん……ど、どうして何も言わないの?! ほ、本当に、この娘と付き合ってるの??」
「宮間ク〜ン、私達本当に付き合ってますよねぇ? どうして桐野さんがこんなにびっくりしてるのかぁ、
私全然分からないんですけどぉ〜〜」
「め、めーちゃん……そ、その、僕は……」
「宮間クン、もう正直に言っちゃって下さいよぉ。桐野サンは”タダ”の幼馴染なんですしぃ、遠慮なんていらないじゃないですかぁ。
はっきり言っちゃって下さい〜。――むしろ言わないとぉ……大変ですよぉ?」
遥さんはおどけたように明るい声で、しかし目だけは全く笑わずに、そう僕に促した。
「あ、あの……つ、付き合ってるんだ……ぼ、僕は、遥さんと……」
「え?――さ、さとくん?!」
「ほーら、言ったじゃないですかぁ。宮間クンと私は超ラブラブな仲なんですからねっ!
一緒に登校出来なくて寂しいのは分かりますけどぉ、これからは私が毎日一緒に、宮間クンと登校するんですぅ!
桐野サンも、宮間クンの幼馴染ならぁ、私達の幸せの邪魔はしないでくれますよねぇ?」
「さ、さとくん……嘘でしょ……?? さとくんは、ほ、本当に……本当に、この娘と付き合ってるの……??」
めーちゃんは、まるで懇願するような目で僕を見て言った。
しかし、僕はその目を直視することが出来ずに、再び目線を逸らせてしまった。それを見ためーちゃんは、
「分かった……」
それだけ言うと、素早く身をひるがえして、校舎の方へ駈け出していった。
「あっ……め、めーちゃん……」
それを見て、僕が思わず追いかけようとすると、
「宮間クン、どこへ行くんですかぁ? ダメですよ?」
と、遥さんが僕の腕をキツく掴んで、身動きを取れないようにしてしまった。でも……
仮に追いかけたとして、そこで僕は、めーちゃんに一体何て声をかけたら良いのか……
そう考えたら、抵抗することが出来なかった――。
*
朝練が終わり、校舎の脇にある水道へ向かった俺は、蛇口を一気に捻ると、そのままジャブジャブと顔を洗う。
「ふう……やっぱ、気持ちいいわ」
最近俺の周りでは、友達の悟と、その幼馴染の桐野、
そして俺を入れた、奇妙な三角関係みたいな物が出来上がってしまっていた。
しかし、結局のところ、悟が桐野を好きだったってことは俺の勘違いで、
フラれたのは、俺と桐野だけだったようだ。紛らわしいのは、桐野は悟に、俺は桐野にフラたことで、
全ては一方通行ということなのだった。
そんなグチャグチャした気持ちを、俺は部活へ向けることにした。
全力で走って、限界まで力を出し切った後は、やっぱりスッキリするし、
俺は結局、とにかく走るのが好きなんだと実感する。
「よし! 教室へ行くか」
そうやって、俺が教室へ戻ろうと思った時だった。
校門の方から誰かが走って来て、俺の数メートル前を横切った。
「今の、桐野……?」
走っていった方向は校舎の裏側だ。
もうすぐ始業のチャイムが鳴るのに、どうして教室へ向かわずにそんな場所へ行くのだろうか。
「何だが分からんが、放っておく訳にもいかんよな……」
俺も急いで、桐野の向かった方へ走りだした。
俺は走ることには自信があるが、それでも思ったより追いつくのに時間がかかった。
桐野は家の事情で部活動はしていないが、どうやら運動神経はかなり良いようだ。――だが、
俺が真後ろまで迫っても、桐野は全く気が付かなかった。
理由は分からないが、そこまでの余裕はないらしい。
そして、そのまま校舎裏まで来ると、そこで桐野は、ピタっと止まった。
「お……おい、桐……」
俺は、声を掛けながら桐野の肩を叩こうとして――しかし、触れる寸前で手を止めた。
見ると、その肩が小刻みに震えていたからだ。
泣いている……のか?
俺は、そんな桐野の後ろ姿に一瞬ためらったが、意を決してもう一度、
今度はちゃんと桐野に聞こえるように声を掛けた。
「おい、桐野。どうした? 何かあったのか?」
すると、その声に反応するかのように、桐野の肩がビクッと震え、
そして恐る恐る、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
見ると予想通り、桐野の目は真っ赤に充血していて、頬には涙の跡が残っている。――泣いていた……。
「あ、秋本……ど、どうして……」
桐野は焦ったように涙を拭きながら、俺に聞いた。
「いや。もう授業も始まるってのに、お前がこっちへ走っていくのが見えたからさ。
余計なお世話かもしれないが、ちょっと心配になってな」
「そ、そうだったんだ。……ご、ごめん……こっちこそ、なんか余計に走らせちゃって。……朝練の後でしょ?」
「いいんだよ、そんなことは。――それより、一体どうしたんだ? 朝から尋常じゃないだろ。その感じは」
「な、なんでもないの……こっちのことだから」
「んな訳あるか。そんな顔見せられて、はい、そうですかって納得するほど、俺は物分り良くねえっての。いいから言ってみろって」
「け、けど……」
「あー分かった。アレか。俺がお前に告白したから、話しづらいとかだな?
だったら気にすんな。俺は部活で忙しくて、そんなこと全部忘れてたよ。
今はそれより、お前がどうして泣いてるかの方が、気になるっての」
「秋本……」
――その後、俺は桐野から話の一部始終を聞いて、そして納得した。
道理で俺には話しづらかったはずだ。要するに、これは振った相手に失恋の相談をするみたいなことなのだから。
「確かに、悟は以前、好きなやつがいるみたいなことを言っていたからな。
その子がその相手なのかは分からないが、でも、多分そういうことなんだろう……」
「突然だったから……私驚いて……ごめん、秋本。こんな話」
「謝るなよ。別にお前は何も悪くないだろ。……そして悟もな」
「うん……」
そう桐野が答えたその時、同時に始業を告げるチャイムが校舎に響き渡った。
「あ、いけない。授業始まっちゃう……い、行かないと」
だが、焦って教室へ戻ろうとする桐野を、俺は呼び止めた。
「まぁ、待て桐野。少し息抜きしろ。家のこともあるし、最近ちょっと頑張りすぎなんだよ、お前」
「え……?」
「俺が付き合ってやる。今日一日な。ほら、いくぜ」
言いながら俺は桐野の腕を取り、校門の方へ向かって歩き始めた。
「ち、ちょっと、秋本。ど、どういうこと?? どこ行く気??」
「まぁまぁ、いいから。俺にまかせろって」
戸惑う桐野を、俺は強引に校舎の外へ連れ出した。
*
戸惑う桐野を他所に、俺は彼女の腕を、若干強引に掴みながら歩いている。
優等生の桐野を、無断欠席させてしまったことには負い目を感じたが、